プロローグ
暗闇に、足音が鳴り響く。
日が沈んで、まだ間もない頃の時間帯。高層ビルが建て潜むこの都会の地域の賑やかさは、後を絶たない。
車の交差する音が止んだと思ったら、その道を今度は無数の人が駆け進む。足音が止めば、また車が走り出す。
そんな無限に続く環境音も、影のある世界へ行けば聞こえなくなる。
暗闇という名の路地裏で、一人の男がふらふらと体を揺らつかせ、歩を進めていた。
撫で肩のワイシャツの男は、銀色の刃物を片手に添えていた。
男は決して酔ってるわけじゃない。だからと言って薬物乱用者でもなければ、殺人鬼でもない。
ただ、同類を殺すためだけに、身を任していた。
その男の進み道に、物陰に一人の影があった。
男とは裏腹に、小柄な体を備えてる。少女だと思われる彼女もまた、鎌のような刃物を抱えていた。
男の足音が近づくにつれ、緊張し、鼓動が早くなる。冷や汗も、頬に伝って落ちる。
鼓動をなんとか抑えようと、小さく、バレないように息を整える。
鼓動が遅くなり、足音が真横に響いたその瞬間。少女は、構えなおした鎌で、男を襲った。
最初の一撃は逃したものの、反抗してきた男の横払いを身軽に避ける。その隙に、二撃目をくらわした。男の首から血飛沫が舞った。
無様に倒れた男に近寄ると、少女は、腹に鎌を振り下ろした。今更反応が返ってこないこの体は、突き刺した時の音だけが残る。
突き刺した鎌の刃先から、青緑の粒子が呼ばれたかのように空に泳ぎ出した。
その粒子はやがて体全体から放たれ、数分すると男の肉体は青緑の色に変わっていて、その粒子もまた薄くなり、消えていった。
その光景を、見慣れたかのように眺めていた少女は、何事もなかったかのように、背後に振り向く。鎌を肩にかけ、少女はそのまま前進した。赤く染まっただけの暗闇を背中に。
しばらく進むと、崖に出た。下を向くとそこは真っ暗で、道がなければ、下の状況も把握できない。
把握できたのは、目の前に広がる都会の夜景。様々な光を放っていて、大半は白っぽく見える。
風で髪がなびく。肩にかけてた鎌を下ろし、刃先を地面につける。
夜景を瞳に輝かせ少女は口を小さく動かした。
「どこ、お父さん」
少女の声は、遠く、小さく風に乗った。