第2話 「兵器工廠内探索と、急ごしらえの兵士育成」
クーデターねぇ…。俺が眠る前の日本じゃ考えられなかったことだ。専制君主制の政治体制ではなかったし、民主主義の世界でそれが起こる可能性は極めて低い。
「なぁ、この国が専制国家になってから何年が経つ?」
「ざっと100年以上ってところかな。君が知っている戦争は世界に計り知れない被害をもたらした。それは想像できるだろう?」
俺は目の前の学者が言わんとしていることが理解できなかった。俺は専制国家になって何年たったかを聞きたかっただけだ。しかし、この学者はそれ以上のことを話さなければ気が済まないらしい。だから、話には付き合ってやることにする。
「核攻撃やら、とにかく激しかったからな」
「それに建御雷という天空からの雷光を放つ機械。これによる被害も大きかった」
確かに。建御雷による被害の方が、核兵器による被害を遥かに上回っていたことは確かだ。なぜなら、高出力かつ集束され極限まで力を増幅させたプラズマレーザー砲は、核シェルターなど物ともしない。都市一つがクレーターになって消し飛んでしまうのだから、大量破壊兵器の最たるものだ。
「全ての国家は政治的主導権を失い、旧指導者は指導力を失った。それをいいことに、世界中の国々で群雄割拠の時代が訪れたというわけさ。旧日本も例外じゃない。しかし多くの国が軍閥化を切っ掛けに国が分かれたのに対して、日本は自治体間で国家主導を握るための静かな戦いが行われていたのが事実だね。しかし、そのせいで日本は統治力を失った」
煮え切らねぇ戦い方だな……。戦国時代含めて100年以上内乱続けてきた国と一緒とは思えねぇぜ。
政治家たちが利権をめぐって争った結果、この国の政治システムは崩壊してしまったらしい。
「これに不満を抱いたのが当時の日本国民さ。彼らは旧体制に対して反旗を翻した。これまで大人しかった国民に対して、驚いたことに政治家たちは何の準備もしていなかったらしい。ここで登場したのが、当時の軍を指揮していた秋津島隆俊。彼は軍権を把握したうえで、旧来の政治家たちを全て駆逐した。そして日本を新たに秋津島皇国と名を変えて統治した。これが秋津島皇家の始まりさ」
秋津島皇家はそれから非常に長い間続き、安定した政権を維持してきた。古来から日本という―――今は秋津島だったな、以下秋津島としておこう―――地政学的な特徴上、周辺国が余程強大でない以上は長期政権が確立されやすく、政治的にも安定しやすい。その間に平和に馴れきってしまうと、第三次世界大戦前の日中局地戦争の時のようにギリギリの戦いを強いられることになるのだが、国土を守る軍事力を最小限維持していれば国家は繁栄する。無論、それには戦略拠点を確実に確保、維持することが必要不可欠となるのだが。
「ところが、今は政情不安定になっているようだな?」
「秋津島雪舟陛下が御老齢なのでね―――。陛下は帝位を継ぐはずの皇太子殿下を不慮の事故で無くされてね。現在後継ぎとして目されている秀豊様はまだ15歳。国を継ぐにはまだ若すぎる」
15歳程度で家督を継いだ偉人は多いが、その秀豊という少年がその偉人たちと同じように政権を維持できるとは限らない。彼らとて、有能な家臣団の助力や余程自らの才能が高くなければ歴史に名を残すことなどなかっただろうからだ。
「なるほど。反乱を起こしたのは皇帝の義理の弟だったな。となれば、皇帝を殺し、自らが皇帝の地位に立つというのも頷ける。ところで、そいつに味方する連中は多いのか?」
「それなりに、と言っておこうか。秋津島高彦殿は皇帝陛下の妹君の婿でね。その昔から軍の要職についていた武闘派だよ。それなりに軍隊内での評価は高くてね、対馬戦役では多くの勲章を陛下から与えられている」
となれば、皇帝としては飼い犬から手を噛まれたも同然か。こりゃあ痛い・・・・・・。
そんなことを考えながら、俺は腹の底から笑っていた。昔からこの手の策謀話は大好きだ。歴史の書籍を見ながら、多くの偉人が裏切られ夢半ばにして倒れていく姿を見てきた。
しかし、それは俺達にとっての教訓だ。どうすればそれを防げたのか、そしてそれが起きた場合の対策はどうするべきなのか―――。歴史に『もし』はないが、『もし』を想定して今に活かすことはできる。
そしてこの状況は俺が何度も想定し、シミュレーションを重ねてきた状況だ。爺さんも、その周りの軍人達も、俺には昔から軍隊式の思考と危険予測の考え方を叩きこんできた。
なぜそんなことをしたのか、皆目見当もつかないが恐らく俺の爺さんは、俺がガキの頃から戦争の足音が迫っていることを感じていたのだろう。もしもそれが現実になれば、そのとき求められるのは戦争を戦い抜き、兵を指揮し、戦争を有利に進めるための人間である。爺さんはそんな人間に俺を育てたかったのだろう。
多分、当時の周りから見れば相当奇異な光景に映ったに違いない。
「歴史談義に来たわけではないのだぞ! 今は非常時だ! お前、本当に役に立つのだろうな?」
マリーナは神経質にこちらに向かって言う。見た目は非常に美しく、利発そうな顔立ちをしているのだが、今は焦りが彼女の全神経を支配しているのだろう。しかし、こんなときに焦ってもどうにもならん。
「焦るな。それよりも、あんたの兵隊をここに連れてこい。それとあんた、まだ名前を聞いてなかったな」
目の前の白衣の学者。マリーナより余程落ち着いている男に、俺は名を聞いた。
「里見将太だよ」
「里見さん、あんたとあんたの引き連れて来た研究チームをここに連れてきてくれ。今から兵器工廠の扉を開けるから、少しだけ手伝ってほしいことがある」
「へぇ、あそこは開けようと思っても全然開かなかったんだけどね」
どうやら入口らしきものは見つけているらしい。
まぁ、この近くにあって地下に存在しているなら兵器工廠の一部には違いない。ここには広大な兵器工廠が広がっていて、地下での兵器生産、兵器開発などが行われていた。しかもさらに地下で採掘されていた資源をほぼ無限に供給されていたため、兵器生産は滞ることがない。
問題は、その施設のコアが生きているかどうかだ。多分、爺さんが設計して運営していたなら、問題はないと思うがな。
数時間後、親衛隊の面々と研究チームが集まった。
「さて、行くぞ」
俺は掘り出された扉の向かって右側に手を添える。そこから緑色の丸型レンズが現れ、それを確認した俺はさらに目をその前に持っていく。
『網膜認証完了』
その声と同時に扉が開かれた。
「俺から絶対に離れるな。死にたくなけりゃな」
しかし言った傍から里見が俺に先行して中に入ろうとする。彼にとっては素晴らしい研究材料。これをとにかく早く調べてみたいのだろう。しかしそれが自殺行為だということを俺は知っている。
「馬鹿!」
首根っこを掴み、強引に引き倒す。直後、里見が立っていた場所を赤い光線が走った。爆発こそしないものの、これに撃ち抜かれたら最後、足など簡単に焼け落ちる。網膜認識を行った者について行く形でしか、部外者は入ることができないのが、この場所の掟だ。
「あれは、あれは何だ?!」
しかし存外里見が嬉しそうなのは、俺の気のせいではあるまい。この男は自分が標的になりながらも、命より興味の方が優先している生き物らしい。
「施設防衛用のレーザー兵器だ。俺の後ろにいれば、攻撃されることはない。ちなみに、マリーナさん。一つだけ聞いておきたいことがある」
「何だ?」
「その鎧は、その、何か特殊金属で構成されているということはないな? 例えば、レーザー緩和剤を施しているとか。または特殊合金でできているとか」
「・・・・・・お前の言っていることは訳が分からない」
思った通り、親衛隊の面々が身に着けているのは、ただの鉄の鎧らしい。だとすれば敵の戦力も同等のものを身に着けていると考えていいだろう。それなら勝機は十分にある。
「まずは、この廊下をまっすぐ進む。やることはそこからだ」
廊下を真っ直ぐに進めば、兵器工廠のコンピューターを一括管理しているコアへとたどり着く。もちろんそれが破壊された場合でも兵器工廠は起動し続けるが、従来持っている性能からは大きくダウンする。
その前に、コアが生きていればいいがな。しかし見たところ内部に損傷はなさそうだ。外部壁も一部しか見ていないが、あまり大きな問題はないと思われる。コアが起動する可能性は非常に高いと言ってもいいだろう。
数分歩き続けて、俺達は兵器工廠中央部に辿り着いた。
「よし、これなら余裕で動かすことができる」
この100年以上を常に起動し続けていたのか、羽虫のような音を立てながら兵器工廠のコアが動いていた。中枢が生きていれば、たとえ俺のように眠っていたとしてもすぐに起きた時に行動することができる。
「まずはここにいる奴らを全て認識してもらわなくちゃな」
椅子に座ってキーボードをカタカタと叩く。体はこの感覚を久しぶりだと言っているが、脳はそうは動かないようだ。キーボードを認識するスピードに、指が追いつかない。それでも何とかパスワードを打ち終わり、コアの活動を高めることができた。それに伴って、『彼』は俺に話しかけてくる。
『コードネーム黒獅子、認識完了。現マスターからあなたへ指揮系統を移行させます。そこにいる人々も認識しますか?』
「そうしてくれ」
『了解』
短い会話の後、黒い球体が一斉に壁から湧き出してくる。
「何だこれは!?」
マリーナがその一つ一つを斬りおとそうとしたが、俺はそれを制止した。
「やめろ、大人しくしておけば、危害を加えることはない」
もしもここで一人でも剣を抜き、球体に攻撃すれば敵として認識される。その後は誰の予想にも明らかで、そいつは跡形も残らないだろう。
全ての人々が息の潜め、その球体が自らの顔や体などに光を当てるのを見ていた。しかしただそれだけだ。ものの数分で球体は元いた場所に戻る。
『認識作業完了。どうぞ、自由に動いてください。そして指示をお願いします』
「とりあえず軽機関銃と対人ミサイルを頼む。加えてここに敵が向かっているから周辺の偵察を無人偵察機で頼む」
『了解。黒獅子の機動はどうしますか?』
「準備だけしておいてくれ」
まさかとは思うが、俺は黒獅子の準備だけさせた。
「黒獅子ってのは何なんだ、一体?」
里見が聞いてくる。俺は彼についてくるように促した。そして他の研究者や兵士にはこの階下に降り、そこから食料や武器を取りに行くように促した。しかし武器は箱に入っているものだけ手にして、中身は決して開かないように念を押す。剣の扱いしか知らないような奴らが、それを手にしても碌なことにはならないのが容易に想像できたからである。
無論、それは扱いを知らない場合に限られる。
黒獅子―――。
それは旧日本が第三次世界大戦中に開発した人型汎用戦術兵器―――通称I・H―――の最新型であった。しかし最新型といっても、試験機であり、こいつはプロトタイプだ。
第三次世界大戦ではビルの3階ほどの高さがあるこの兵器が活躍した。日本は量産機桜花を始め、戦車との機動戦をI・Hと共同で進行させる作戦を得意とし、兵器そのものも機動力が高い機体へと進化した。
その中でも黒獅子は特別だ。
様々な国がこの兵器の開発に心血を注いだが、決してたどり着けなかった境地に、それはある。接近戦、遠距離戦、中距離戦、至近戦、全てにおいてパーフェクトと呼べる装甲と戦闘能力。さらにそれを支えるための高い機動力に運動性能。しかしそれを操縦するパイロットは、この世にただ一人。
それが、俺だ。
大戦に至るまでの過程で、軍は戦争ゲームによるシミュレーションを展開。多くの子供達に無料でダウンロード形式のゲームを配布した。これはI・Hの操縦技術を競わせ、そのセンスを軍が見るためのものだった。ゲーム内で高い得点をたたき出した子供は、軍からの勧誘を受け優秀なI・Hパイロットとなる。
その中に俺もいた。
しかし俺の場合は身体能力としても優れていた点から、爺さんが開発した超じゃじゃ馬の機体、黒獅子のテストパイロットとして選ばれたという次第だ。
そして今、黒獅子は俺の目の前に横たわっていた。
「これは、巨人兵?」
「この時代では巨人兵と呼んでいるのか? まぁ、呼び方なんかどうでもいいけどな」
ってことは、I・Hの存在を里見たちは知っていることになる。
「知っているも何も、我々はこれらを探すために日夜発掘作業をしているようなものですから」
「どういうことだ?」
「周辺諸国の侵入が最近は激しくてですね。しかも奴らは私達より強力な兵器を持っている。その最たるものがこの巨人兵です」
「なるほど。で、他の国は他にはどんな兵器を使ってる? 例えば海の上では?」
「鋼鉄製の船を使って砲撃してきます。無論、我々も戦艦を所有していますが、如何せん敵の性能がいいもので・・・・・・。今は用兵と地の利で何とか凌いでいますが、その内その優位性も失われるでしょう」
現状がどんなものか分からないが、どうやら話に聞くに、秋津島皇国はI・Hを所有しておらず、しかも兵器も旧式化しているらしい。確かに、マリーナたち親衛隊を見ればそれははっきりとしていた。
ここで、俺は気付く。
「なぁ、敵がI・Hを持っている可能性は?」
「それはないと思います・・・・・。いくら高彦殿でも、そこまでの戦力を有することは・・・・・・何せ、莫大な金が要りますし敵から買う必要がありますから」
しかし敵の敵は友というからな。
今の敵は皇帝を殺し、強力な戦力で優位に立ちたいはずだ。こりゃあ、黒獅子の出番があるかもしれない。
「何はともあれ、まずは偵察だな。その間に武器の使い方を教えておくとしようか」
俺は里見と共に階下へと降りて行った。