第一話 目覚めたときの状況
巨大な兵器工廠。
ここは俺が発見された場所からほどない所で発見された遺跡だ。
内部は白亜の回廊で結ばれており、完全に自動化された工場がフル稼働で軍需物資や兵器を生産している。
この手の兵器工廠は地下に存在し、大破壊中は敵から発見されにくく、そして攻撃されにくい場所に建設されていた。地上が破壊されても、戦争能力を継続できるように。
しかしここまで勝利を望むとなると、俺が昔住んでいた国も、そして他の国も、人類そのものが病的に感じてくる。あれだけの破壊を経験しておきながら、未だに戦いをやめられないんだからな。
「この兵器工廠には、思い入れがありますか?」
「ある。俺が眠りに入る前、ここに連れてこられたことがあるからな」
俺の爺さんがここの責任者だったのだ。
爺さんは生粋の軍人ってやつで、戦争が始まったころには既に退役していた。しかし大破壊が始まったころ、自らが以前から考察していた地下兵器工廠計画を軍部に提案し、巨大施設の建造に着手させた。しかも、この爺さんと手を組んでいたのが、天才兵器設計者とも言われていた男。こいつのおかげで日本は初戦をかなり有利に進めることに成功した。
その後に起きたのは、果てしない破壊だけだったが。
「黒獅子の調子はどうだ?」
「いたって順調です。開戦予定日までには整備も間に合うでしょう」
「内乱さえなければ、ここまで整備に時間もかからなかっただろうにな」
そう、この内乱。
これこそが俺が今の地位に上り詰める最初の一歩だった。
―――5年前―――
明るい光とともに、体中に暖かい空気がまとわりついてくる。同時にガタガタと歯が噛みあわないほどなり始め、体が震えはじめた。
手も、足も、冷たい。
こんなに冷たく、寒いのは初めてだ。
何でこんなことになっているのか。
そして、ここはどこなのか。
記憶の定まらない中で、ぼんやりした目は複数の人影を捉えた。
薄っすらと、ぼんやりと、それは最初は輪郭も定まらない。しかし焦点の合わなかった目はゆっくりと合い、目の前の人間の姿をはっきりと見せるようになった。
目の前にいたのは三人。
一人は女だった。長い金髪を首の後ろで結び、青い瞳をこちらに向けている。肌の色は白く、日本人ではないことが明白だった。しかも、飛び切りの美人だ。他の二人は特にこれといって顔に特徴があるわけでもない。どこにでもいそうな顔をしてやがる。こういっちゃあ失礼だが、多分最初に見た女の顔が印象的過ぎたんだな。それに野郎の顔を一生懸命覚えるほど、俺も変態じゃねぇ。
「意識はあるか?」
いきなり、目を開かれてライトを当てられた。こんな光景をよくテレビで見かけたものだと思いながら、一応それに従っておく。そんな中で、俺の頭は徐々に回転を始めた。
何で、こんな場所にいるのか。
そして何でここに、この三人がいるのか。
―――思い出した。
自衛軍士官候補生として出征直前、俺の住んでいる町は敵爆撃機に空襲された。核攻撃ではない通常爆撃だったことで、なんとか逃げ切ることができたのだ。それでも俺達家族は、妹と姉を失った。爆撃の最中、焼け落ちたビルの下敷きになった二人の姿が、今でも脳裏に焼き付いている。
「今、西暦何年だ?」
俺は目の前の人間共に疑問を投げかけた。
確か俺が目覚めるように設定されていたのは、100年後。その頃には戦争が終わっていると計算して、爺さんが設定した数値だ。しかし、話によっちゃあそれで目が覚めるかどうかは未知数。もしかしたらそのまま冷凍保存装置の中で凍死なんて可能性もあるらしい。
それでも親父やお袋は、俺達家族が冷凍保存で生き残り、戦争終結後の世界で生き延びることを望んだ。
「西暦? 何のことだ。今は皇暦170年だ。西暦なんぞという過去の暦は、今は使わない」
皇暦?
皇暦って何だ?
「第三次世界大戦はどうなった?」
「第三次・・・・・・何だって?」
こいつら、どうも話が通じないようだ。ここが天国か地獄なら、多分そういう話も通じないのかもしれない。しかしこの肌の感覚、目から伝わってくる眩しさ。どう考えても現実のものとしか思えない。
多分、俺はまだ死んじゃないない。
「あんたら、一体何もんだ?」
俺は腰から拳銃を抜き取る。町から逃げる途中、死んだ兵士から拝借したものだ。あの混乱時、誰がこちらの敵になるかは予測がつきにくかった。だから自分達の身は自分達で守らなくちゃならなかった。
それに俺は引き金を引くのもこれが初めてじゃない。
「何だ、その鉄の塊は? そんなものでこの剣に適うとでも?」
まさか、女の格好を見て立ちくらみがするような感覚が襲ってくるとは思いもよらなかった。
こいつ、青い鎧を着て、西洋騎士のような格好をしてやがる・・・・・・。
俺はその瞬間、自分中でこれまでの知識と記憶が開花する感触を覚えた。
『人類がもしも核戦争に突入した場合、総合的に見て文明は少なくとも二世紀分後退する』
ある科学者の見立てだ。
実際核戦争は起きたし、俺が眠っている間に核の冬だって訪れただろう。地球上の生物が全て死滅する事態だって考えられないことはない。だが、そうはならないだろうというのが大方の見立てであった。
だから実際に彼らがいるのだろう。
そして悪い冗談でなければ、これがハロウィーンなどでなければ、俺の予測は当たっている。そして科学者たちの見立てよりも、だいぶ悪い事態に遭遇しているに違いない。まるで・・・・・・まるでイギリスの小説家が描いた『タイムマシーン』のようだ。
「剣じゃ、銃には勝てんぜ?」
かといって女の眉間を撃ちぬくのは気が引ける。何もこいつは悪い事はしていないからな。ただ、俺は俺の疑問に答えてほしいだけだ。
しかし、この剣だけはどうにかしておかなければならない。
引き金を引く―――。
撃鉄が降りると同時に、撃音が鳴り響く。弾丸は刃の根元に命中して、粉々に吹き飛ばした。
何が起きたのか分からず、女騎士は俺と剣を交互に見つめる。
「質問に答えてくれれば殺しはしない。ここはどこで、今は何年だ? 戦争は終わったのか?」
「待て待て、その前に君に聞きたいことの方がこちらとしては多いのだ。その質問に答えてくれれば、多分君が知りたいことに応えることができるよ」
そう喋ったのは女騎士の傍らに佇む白衣の男だった。丸眼鏡で、いかにも胡散臭そうな顔をしている。俺が知ってる科学者は爺さんの周りの人ばかりだったが、こんなに胡散臭そうな奴はマンガくらいでしか見たことがない。
「質問の内容にもよる」
「答えられることだけでいいよ」
第一、俺は士官候補生として従軍することが既に決まっている。それにこの近くにある爺さんのラボについては、俺がかなり知っている部分も多いのだ。この奇抜な格好をした目の前の人間共が、敵国の兵士だとも限らない。
「君が生きていた時代は? 何年生まれかな?」
「2000年生まれだ。眠りについたのが2030年になる」
科学者はフム、と顎に手を置いた。そして自分が何やらメモを取っているノートを開き、計算を始めた。
「となると、今から170年以上前の人間ということになるな。こりゃあ、化石と対談しているようなものだ」
「お前達の言っている意味が分からない。このシェルターは100年後に起動するように設定されていたはずだ」
「しかし、設定どおりに起動しなかった。そういうことではないかな?」
機械の誤作動。それはよくある話だ。完璧に起動し、作業を効率的にこなすのがコンピューターをはじめとする機械に与えられた役割だが、時として故障による不具合が発生することは誰もが知っている。
それに、爺さんが言ってたな。
『これは急ごしらえの装置だからな。もしかしたらそのまま目が覚めないこともあるかもしれない』
つまり、そのままお陀仏ってことだ。それだけ世界の人類たちは切羽詰まっていた。どうにかしてシェルターを作り、その中で放射能が地上から消え去るのを待たなければならなかったのだから。そのためにはシェルター内で巨大な居住空間を作り出し、そこで世代交代を繰り返すか―――。
あるいは昏睡状態となり、細胞ごと眠らせることで老化を遅らせる。老化していない体で再度復興を目指す。そのどちらが効率的で生存確率が高いのかと問われた場合、誰もが応えられるわけではなかった。
だから冷凍睡眠の方法が取られたのは、結果としてコストの問題である。新しく地下に居住空間を建設するよりも、よほどそちらの方がコスト面では安上がりだったのだ。
「名前は?」
これを聞かれて、全く自分の名前が思い浮かばないことに気が付いた。何度思い出そうと努力しても、いっこうに名前が出ない。
「すまん、分からない」
「一部記憶喪失か。まぁ、170年以上も脳を使っていないのだから、これくらいのことは起こり得るのかもしれないな」
「ところで、俺の他の奴らはどうしている? もう、目を覚ましたか?」
学者と、騎士の女が顔を見合わせている。そして困惑気味に、首を横に振った。その意味を俺が知るのに、そう時間はかからない。
「親父? お袋?」
横の冷凍睡眠装置には父母が眠っているはずだ。しかし、そこに眠っている人間の姿はなく、干からびてミイラ化した人体が眠っているだけだ。他の冷凍睡眠装置も一緒だった。
「俺の他の人間共は、全滅したということか?」
「どの冷凍睡眠装置を見ても同じさ。この空間の人間で生きているのは、君だけだ」
周囲を見れば、こんなに朽ち果てていたのかというほど周りの装置はボロボロだった。辛うじて光を発してるコアの部分が、まだ空間自体が息を保っていることを証明してくれる。
「蜘蛛の巣は張り放題。全く、この中でよく君だけが生き残れたものだ。幸運の強さを疑うよ」
脳が長いこと眠っていたせいか、不思議と悲しみは湧いてこなかった。それに生前、父母とは約束していたのだ。
こんないつ死ぬか分からない時代のことだ。無残に焼けて、死ぬかもしれない。銃弾を体のどこかに撃ちこまれるかもしれない。もしかしたら死体さえ残らない程、悲惨な死に方をするかもしれない。
誰が、いつそうなってもおかしくない時代だった。
だから、誰かが死んでも、それを振り返ることなく自分の命を生き切ろうと。
「それで、これから俺をどうするつもりだ?」
科学者は肩を竦めた。
「別にどうこうしようと考えているわけではない。しかし、私は科学者でもあるし、ここら一帯の遺跡を発掘している考古学者でもある。君という人間は過去の生き証人なんだ。どうか少しだけでいい。君たちの時代の話を聞かせてほしいのだ」
俺の時代の話だけなら幾らでもできる。しかしこの時代がどうなっているのか、それを知ることも重要だ。
「俺が質問に答える度に、お前達も質問に答えろ。俺はお前達の情報の何も知らないのだから、こちらだけが質問に答えるのは不公平というものだ」
「いいでしょう」
冷凍睡眠装置が設置されていた部屋の外に出る。天井が崩落した場所から彼らは入ってきたのだろう。こんなに簡単に崩壊するくらいだから、この施設自体がいかに急ごしらえだったのかがよく分かる。
「しかし、君のことを何と呼ぼうか。名無しではどうしても君と話がしにくい」
「黒獅子だ。どうせ、その名前で呼ばれることになっていた」
俺は爺さんが作り出し、俺が戦地に投入される際に搭乗する予定だった兵器の名前を言った。戦地で戦闘の最中は、どうせこの名前で呼ばれることになる。コードネームでもなく、それが兵器の名前だった。そして、その兵器は俺のために造られたのだ。
「黒獅子ね・・・。不吉な名前だわ」
女騎士が吐き捨てるように言う。それに関しては俺もあまり否定しない。黒自体が縁起のいい色ではないからな。しかし、女騎士が言うのはそれ以外の理由があった。
「その名前はいずれ変えなくちゃならないかもね。でも、今はそれでしか呼び名がないなら、それでいい」
「何かいけない理由でもあるのか?」
「ここの王家の紋章が、金色の獅子だからさ。君のはそれと相反する」
「なるほどね」
しかし王家とは驚きだ。この世界の日本は、専制君主制に移行してしまっているらしい。
「王様の名前は?」
「秋津島雪舟。もう老齢で、そろそろ皇太子に王位を譲ると言われているけどね」
「秋津島ねぇ。この国の名は?」
「王家の名を冠した秋津島さ」
秋津島―――。
古い日本の名だ。確か意味は「トンボの国」とかいう意味を含んでいたな。
風流な名でとてもしっくりくる。
それにしても外の光景は、俺の記憶に残っているものとは様変わりしていた。多分、爆撃で破壊された建物らしきものは残っている。しかしそれらは蔦や雑草に覆われ、よく見ないと過去の遺物であることは分からない。
高い木々がそびえたち、小鳥のさえずりが聞こえる。
俺の耳には、まだ爆撃機の音や爆弾が炸裂する音が聞こえていたが、それは過去のことだった。もう、この世界には平和が訪れているのだ。
大きく深呼吸して、空気を肺いっぱいに入れた。
俺は、心からこの光景と柔らかい光、そして空気の清らかさを喜んだ。
だが、そんなものはあっという間に崩される。
「マリーナ様!」
女騎士の元に、同じような鎧に身を包んだ兵士が駆け寄ってくる。
「何事だ!」
「秋津島高彦殿御謀反! 本領のベルゼン伯も呼応した模様!」
「なんだと!?」
う~ん、戦争の香りだ。
今俺の気持ちはそんな血生臭いものとは無縁なのに、どうも神様はそうさせてくれないようだな。
「マリーナだっけ?」
「私を呼び捨てにするほど、貴様はえらいのか? しかし名乗らないのも失礼にあたるだろう。私の名はマリーナ・カルディバル。第10親衛隊の親衛隊長だ」
「状況を説明してくれないか? 何だか、俺たち自身がやばい状況に置かれていそうだ」
俺は戦争に行く前から、爺さんや親父、そして彼らと親しい軍隊関係者に評価されていたことがある。それは危険の察知能力と、戦争の香りを世界中の情報から嗅ぎ取る能力だ。なぜこんな能力が俺に備わったのかは分からないが、軍事関係の書物なら腐るほど読み漁った。
「お前には何がわかるというのだ? ど素人だろう?」
「ど素人に見えるか? まぁ、まだプロとは言えないかもな。でも、役には立つかもしれないぜ?」
「・・・・・・皇帝陛下の義理の弟が反乱を起こした。少し前から噂にはなっていたが、まさかこのタイミングとはな」
「タイミングが悪い?」
「悪いとも。今回の発掘の結果を見るために、陛下は今こちらに向かわれている。帝都はまず間違いなく手中に収められるだろう。そして反乱に呼応した奴らは、陛下を捕え、殺すことに必死になるに違いない。ベルゼン伯も、既に軍勢を動かしているだろう」
話し方からして、皇帝とやらは護衛の兵士をそれほどつけていないのだろうな。俺にとっちゃどっちが勝っても構わないが、今いる彼らは皇帝派の人間なのだろう。目の前の女騎士マリーナは、親衛隊の隊長をしているようだし。
「あんたの手持ちの兵士は何人?」
「300名だ」
「ここらの近くに村はある?」
「発掘拠点にしている村なら一つある」
「敵の規模は?」
「分からない。だが、我々よりは明らかに多いだろう。それに、奴らは我々よりも老練だ」
「そうか。じゃあ、まずは俺が案内する場所に行こう。時間がなさそうだから、さっさと用事を済ませちまおうぜ?」
マリーナたちは俺のことを疑い深い目で見ていたが、何も言わずに歩き続ける俺に黙ってついてきた。俺は冷凍状態から目覚めてすぐ、忌まわしい戦争に巻き込まれることになってしまった。
ま、別にあのまま冷凍睡眠に入らなくても、俺は戦争に行っていたわけだし。何もかわりゃしねぇか・・・・・・。