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第7話 騎士エルガー

1


 カース・ラーカの森、今は〈魔の森〉と呼ばれているようだが、に生える〈つながる生命の木〉から切り出された枝の中で、騎士エルガーは杖のあるじと会えるのを楽しみにした。

 枝を切り出した男が優れた魔法使いであることは、すぐに分かった。話しかければ答えてくれるかもしれない。長い年月人とふれあわなかった騎士エルガーには、それはとても魅力的な試みだ。

 だが、騎士エルガーは沈黙を守った。

 この男は、娘に与える杖を作るために、この枝を乞うた。

 とすれば、その娘こそが杖のあるじである。

 その杖に宿る自分が最初に話しかけるのは杖のあるじでなくてはならない。

 騎士らしい潔癖さで、エルガーはそう考えたのである。

 やがてその少女と会う日は来た。

 騎士エルガーは衝撃を受けた。

 少女の周りに集う精霊たちの数の多さに。

 なんと少女の周りには、色とりどりの精霊たちが数え切れないほど群れ集って楽しそうに飛び回っている。

 この少女はとてつもない魔法の才を持っている。

 才能だけではなく、おそらく魔力も膨大だ。

 精霊はまとわりつくだけでも多少の魔力を奪う。これだけの数の精霊たちにまとわりつかれたままで体調を崩しもしないのだから、この少女の魔力量は非常に多い。

 おそらくは、幼いころから多くの精霊たちに魔力を吸われ続けることによって、生来の魔力保有量がさらに増加してきたのだ。そして魔法に習熟してゆけば、この少女はみずからの魔力を与えた精霊たちから魔力を引き出して使える。一人で千人と戦えるような大魔法使いにもなれるだろう。

 騎士エルガーの宿る杖のあるじとなるにふさわしい少女である。

 だが対話はできなかった。

 話しかけても騎士エルガーの声は少女には聞こえないようなのだ。

 おそらく少女が杖と契約を結ぶまで、自分の姿を見せることも言葉をかわすこともできない。

 その日は遠からず必ず来るのだ。

 騎士エルガーは楽しみに待った。

 それにしても、少女の父も母もおそるべき魔法の使い手だ。

 しかも会話から推測するに、現代は魔法使いにあふれた時代であり、魔法使いが支配する時代のようだ。

 とはいえ依然、騎士というものもおり、国の守護者はやはり騎士であるようだ。

 少女の屋敷にも何人かの騎士がいた。

 早く姿を現せるようになって、あの騎士たちと打ち合ってみたいものだ、などと騎士エルガーは考えていた。

 領主家である少女の屋敷を見ただけではあるが、現代は豊かな時代であるようだ。人々は地に栄え、人生を楽しんでいる。自分のしたことは無駄ではなかったのだ。それを知ることができただけでも、森を出たかいがある。


2


 少女が杖と契約する時が来た。

 だがなかなか成功しない。

 騎士エルガーは、やきもきしながら、少女が契約の呪文を唱え続けるのを見守った。

 少女が失敗し続ける理由が、騎士エルガーには手に取るように分かる。

 まず杖が要求する出力が高すぎる。相当の魔力を込めなければ、この杖は反応しない。

 また、精霊を多数従えていることも不利だ。その精霊たち全体に魔力を通さないと契約は成立しない。

 少女は何度も何度も失敗した。

 だが少女は気づいているだろうか。

 取り巻く精霊たちが心配そうにみつめ、最後には自分たちから魔力を提供して呪文の発動を手助けしようとしていたことに。

 そしてついに契約は成立した。

 なんという開放感。

 そのとき騎士エルガーは、短い距離なら杖を飛び出して姿を現すことができるのに気づいた。

 あわてて騎士の礼を取った。

 主君に対する礼である。

 伏せた顔をちらとあげ、少女の顔を見た。

 ひどく驚いた表情でエルガーを見ている。

 おのれの姿を見てもらえたことに満足した。

 そしてまた騎士エルガーは、顕現した瞬間、おのれの能力を知った。

 物理攻撃と物理防御の加護である。

 地霊獣アーカンスはエルガーに言った。

 〈つながる生命の木〉の力で転生した者は特別な力を得ると。

 エルガーは騎士だったのだから、おそらくその力は攻撃力か防御力に関するものになるだろうと。

 実際にはエルガーは転生したわけではないが、枝に宿って〈つながる生命の木〉から切り離され、少女と杖が契約することによって現世に顕現した。その結果、この二つの恩寵を得たのだろう。

 その恩寵は、エルガーが顕現したときに使うこともできるし、杖と少女に与えることもできる。

 およそ騎士として最高の恩寵である。

 少女が自分の命と誇りを守るために必ず役に立つ恩寵である。

 騎士らしいぼくとつな思考で、この恩寵の素晴らしさに舞い上がったエルガーは、少女がこの恩寵を喜ばないかもしれないなどとはまったく考えもしなかった。


3


 そして、ついにその時は来た。

 少女が騎士エルガーの力を必要とする時である。

 甲冑に魂が宿った存在であるバンギルド教授は、シーラがパルナ草に用いた魔法を見て、シーラの才と加護に気づいた。

 これは騎士エルガーも知らないことであるが、パルナ草を刃の形に変形させてしまうような魔法は、初級魔法ではありえない。見かけだけでなく形質そのものを変える魔法は、ずっと上級の魔法である。しかし精霊たちの加護により、シーラは形質変化の魔法に成功してしまった。

 このとき騎士エルガーは、シーラが使った呪文に自分の恩寵を乗せた。

 その結果、ただの弱々しい刃に変化するはずだったパルナ草は、鋼鉄をも切り裂く鋭い刃物となった。

 それをバンギルド教授は見逃さなかった。その硬質化と強度付加はまさに驚異的である。それをシーラの呪文の効果だと思ったものだから、バンギルド教授はシーラにまれにみる魔法騎士の才能があると受け止めた。

 そこで武技練習室にシーラを連れ込んだ。

 そしてシーラの力と気質を見定めるため、いきなり試合を始めたのである。

 バンギルド教授の攻撃は、とても本気の攻撃ではない。

 騎士エルガーには、それがよく分かった。

 バンギルド教授は、シーラが迫り来る剣に対して対峙できる人間かどうか、反撃しようとする心を持てる人間であるかどうか、試したのだ。

 もしシーラが呆然と立ち尽くすだけであったら、バンギルド教授は剣を寸止めしただろう。

 だが、シーラは教授の剣をかわした。かわし続けた。

 そしてシーラの心は、教授の理不尽な攻撃に怒り、反抗の炎を燃やした。

 この少女は戦士の心を持った少女だったのである。

 ならば今こそエルガーの出番だ。

 エルガーは渾身の力を振り絞ってシーラに呼びかけた。

 シーラにはその声が聞こえた。もちろん、杖を握っているのでなければ聞こえなかったろう。

 わが名を呼べ、と騎士エルガーは言った。

 久しぶりに人間と話をするのであり、しかも相手は可憐な少女である。

 少しばかり気取った口調になったのはしかたのないことだろう。

 わが名を呼べば加護が与えられるという騎士エルガーの言葉に応じて、シーラは叫んだ。「騎士エルガー」と。

 ああ!

 それはなんと心地よい呼びかけであったことか。

 たちまち騎士エルガーは力を現すことができるようになった。

 盾に防御の加護を与え、杖は剣よりも強い剣となった。

 そしてエルガーは適切な位置に盾を動かし、杖を動かして適切な攻撃を行った。

 物の見事に左の足首を切り落としたとき、甲冑教授の魂が発した驚きと歓喜の波動を、騎士エルガーは確かに感じた。

 だが、少女が盾を投げ捨て、戦う心を捨て去って逃走したとき、エルガーは再び杖に戻された。

 ほどなく少女に呼び出されたとき、エルガーは期待に胸をはずませた。

 少女は自分と契約を結んでくれるにちがいない、と思った。

 そうすれば、エルガーはいつでも力をふるうことができるし、いつでも姿を現すことができる。

 つまり存分に少女を守ることができるのである。それはまさに騎士の役目であり、エルガーの心は喜びで満ちた。

 エルガーは自分の正体を少女に告げた。

 先ほど以上に気取った口調になったのはしかたのないことである。

 だが、少女との対話は、思いもよらないものとなった。

 少女は治療魔術師の道を歩みたいのであり、騎士エルガーの恩寵は必要ない、と宣言したのである。

 杖に戻った騎士エルガーは、ただ呆然とするほかなかった。


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