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第1話 魔法学校入学

1


 がたごと揺れる馬車の中で、シーラは期待に胸をはずませていた。

 クアド魔法学校。

 王国唯一の魔法学校であり、ここを卒業した者だけが魔法使いを名乗れる。

 ここに入学して学ばなければ正式の呪文も習えないし、そもそも杖との契約もできない。つまり、ここを卒業した者でない魔法使いなどいないはずだし、いたとすればそれは違法な魔法使いである。当然貴族とはみなされない。

 貴族のすべてが魔法使いというわけではないが、魔法使いでなければ領主にはなれないし、その妻にもなれない。

 各地の領主の子は、まず五歳のとき神殿で魔力判定をされる。両親が魔法使いであるから、その子どもも多くの場合は魔力判定に合格する。合格しなかったら跡継ぎからははずされるのである。

 シーラには兄がいて、すでに魔法学校を卒業して王宮で働いている。つまりシーラは父の跡を継ぐ必要はない。

 ではシーラは何を目指しているのかというと、医療魔法を修めたいと思っている。そして領地に帰って施療院を開き、兄の治世を支えるのだ。

 シーラの膝の上には一本の杖が置かれている。

 シーラは十四歳としてもやや小柄だが、この杖は普通より少し長めだ。

 大きな杖と小さな持ち主の対比はほほえましい。

 初めこの杖を見たとき、シーラは失望した。

 やはり杖といえば、磨き抜かれたまっすぐな杖で、握りの部分には美しい彫刻がほどこしてあり、芯の部分は魔力のこもった樹液に浸され、深く落ち着いた色合いをしているような物がよい。

 ところが父がくれたこの杖は、そうではない。

 白っぽい色をしており、自然の木の枝をそのまま折り取ったようにゆがんでおり、わずかに折れ曲がっている。握り部分も色糸を巻き付けて滑り止めにしてあるだけの無骨な作りだ。

 わざわざ〈魔の森〉に分け入って祝福を受けた木を探して持ち帰ってくれたことは感謝している。とてもうれしかった。だけれどもう少し太い部分を切り取ってきて、ちゃんとした杖屋で加工させることはできなかったものか。そう思った。

 だが、あからさまにがっかりしているシーラを見て、父はこう言った。

「シーラ。見目の麗しい杖をお前に贈ろうと思ったが、そうはいかなかった。霊木の霊力があまりに強く、この枝を切り取るのがやっとだったのだ。この細さでは削りをかけてまっすぐにすることもできない。というより、この木は削れない。どんな杖屋でも、これを加工することはできまい。だが、この杖は自然の美しさを持っている。いずれ、ほかのどんな杖よりよい杖だと分かるだろう」

 この杖には父さんの思いが詰まっているんだ。

 シーラはそう思うことにしたのである。


2


 馬車はやがて森の中に入っていった。

 石を敷き詰めた道が森の中に通っている。その上を馬車は走ってゆく。道の両側は高い木々に覆われていて、その向こうに何があるかはまったく見えない。

 突然森が切れて広場に出た。

 広場の向こうには大きな湖があり、その向こうに城がある。

 それは想像を絶する美しさであった。

 クアド魔法学院は湖の中に立っている。

 青緑の水の上に浮かんだ城である。

 灰色の岩を積み上げて築かれた巨大なその城は、田舎の領主館しか知らないシーラにとっては、とてつもなく偉大で力強いものに思われた。

——これから五年間、ここで勉強するんだ。

 だが、どうやってあの城に行くのだろう。

 橋もないし船も見当たらない。湖に面して門がそびえ立っているだけである。

 馬車はまっすぐ門に近づいてゆく。

 門は、石のようにも見えるし、鉄のようにも見える。

 ごつごつとした作りだ。

 門の上部中央には巨人の顔が彫りつけられている。

 その巨人の顔が目を開き、しゃべった。

「入学許可証を示せ」

「お嬢さま、石を」

 向かいに座っていたじいやにうながされ、シーラはあわてて荷物の中から赤輝石を取りだした。

 巨人の顔がすうっと息を吸い込むと、シーラの手のひらの赤輝石は巨人の口に吸い込まれた。

 ばりばりばり。

 驚いたことに巨人の顔は赤輝石をかみ砕いて、飲み込んだ。

「通行を許可する」

 巨人の顔がそう言うと、門が左右に大きく開いた。

 すると不思議なことに、門から湖の中央にある城に向かって、広い石造りの道が現れたではないか。

 御者席に座る護衛の騎士は馬車を進ませた。

 湖面を吹き抜ける風が馬車にも入り込んでくる。涼やかな風だ。

 前方から馬車がやって来た。入学者を城で降ろして帰るところなのだろう。

 相手の御者はすれちがいざま帽子を脱いであいさつした。

 たぶんこちらの御者も同じようにしているはずだ。

 長い石の道を進んでゆくほどに、城は巨大さを増してゆく。

 そしてついに馬車は城に到着した。

 そこは真ん中に噴水のある小さな広場になっており、その向こう側に鉄の門がある。門の中央が小さく開いていいる。そこから入るのだろう。

 噴水を左から回り込むと、門の手前に係員がいた。

「お名札を頂けますか」

 シーラは荷物から木の名札を出した。入学許可証の赤輝石とともに送られてきたものだ。

 シーラから名札を受け取ったじいやは、それを係員に渡した。

「確かに。これが部屋の番号札です。入学者のかたはどうぞお通りください。お見送りのかたはここまでとなります」

 シーラは馬車から降りた。じいやはその横に大きなかばんを置いた。

「お嬢さま、お気をつけてくださいませ」

「うん。ありがとう、じいや」

 帰ってゆく馬車を見送ってから、大きなかばんを、シーラはうんしょと持ち上げた。杖はかばんの中にしまってある。

浮かべ(レイ・アーレ)

 突然見えない手でかばんが持ち上げられ、身軽になったシーラは目を白黒させた。

 銀髪で眼の青い、とても背の高い青年がシーラを見下ろしていた。

「五年生のワグス・デューンだ。君は新入生だね」

 五年生、ということは最上級生である。

「は、はいっ。シーラ・イグルですっ」

 青年はわずかに目を見開いた。

「イグル? 君が」

「はい?」

「いや、失礼。荷物を運ぼう。宿舎の番号を教えてもらえるかな」

「は、はい」

 シーラは受付でもらった部屋札を取り出した。

「西二階の三十二番です」

「うん、分かった。こちらだ」

 青年は杖をわずかに振った。シーラの重いかばんがふわりと揺れて、空中を移動し始める。青年がそのあとに続く。シーラはそのあとをついて歩いた。

「あ、あのっ。ありがとうございます」

 シーラが礼を言うと、青年はかすかに後ろを振り返った。

「いや。最上級生は新入生を迎える役割があるんだ。門の所に何人も立っていただろう」

「あ、そうなんですか。それでも、ありがとうございます」

 青年は目を細め、にこりと笑った。

——厳しそうな人に見えたけど、優しい笑顔だわ。

 不安でいっぱいだったシーラは、少しだけほっとした。


3


 複雑な文様が彫り込まれた古風なドアの前で、シーラは順番を待っていた。

 校長面接である。

 入学式は明日なのだが、学校に到着した新入生は、校長のもとに出頭して面接を受けることになっているのだという。

 シーラは大慌てで着替えを済ませ、ワグスに待たせたわびを言って、校長室に案内してもらった。

 城はいくつもの塔からなっており、生徒は一階まで下りなければ別の塔には移動できないのだという。校長室は中央部の最も高い塔の一つの最上階にある。

——この城の最上階ですって? そんな高い所にどうやって登るんだろう。

 ワグスはシーラを小さな部屋に案内して、ドアを閉めた。

「校長室に移動せよ」

 ワグスがそう言うと、どこからともなく返事があった。

「校長室に移動します」

 シーラは、体が床に押しつけられるような、妙な感覚を覚えた。

「昇降機に乗るのは初めてかな」

 昇降機!

 そういうものがあるということは聞いていた。これがそうなのか。

 シーラは言葉を返すのも忘れ、こくこくとうなずいた。

「移動の途中はあまりよそ見をしてはいけないことになっているんだが、最上階の眺めは素晴らしい。通りながら見るといいよ」

 シーラは、こくりとうなずいた。

「校長室に到着しました」

 突然声がしたのでびっくりした。あとで知ったのだが昇降機を管理する妖精の声だった。

 昇降機の内ドアが開いた。ワグスは外ドアを開いた。

「うわあ!」

 目の前には絶景が広がっていた。思わずシーラは駆け寄った。

 湖と森と、その向こうの山々と広大な空と。それは見たこともない雄大で神秘的な光景だった。今シーラは世界を見下ろしているのだ。

 こほん、とワグスが咳払いしたので、シーラは我に返った。そして先を歩き始めたワグスのあとを追い、とことこと走り寄った。

 校長室の前には、やはり上級生に案内された新入生が二人いた。

 シーラはあいさつをしようかと思ったが、ワグスはほかの上級生と無言で会釈をすると、黙って列に並んだ。

——たぶんここでは声を出してはいけないんだわ。

 前の二人は順番に校長室に入り、出て行き、シーラの番となった。

 シーラは部屋に入った。ワグスは付いて来てはくれない。

 部屋の奥には古めかしい机があり、その向こうにいかめしい顔をした老人が立っていた。老人の両横には台座があり、石人形が乗っている。爪と牙と翼を持った魔除けの人形である。

 一瞬シーラは、三体の人形が並んでいるかのような錯覚を覚えた。

「君の名は?」

 しわがれた声だ。だが深みのあるよい声だ。

「シーラ・イグルです」

 シーラはまっすぐ老人の顔を見ながら答えた。ずいぶん上のほうを見上げなくてはならない。

「ふむ。ダンバーとトリスの子か」

「はいっ」

 老人は彫りの深い顔をシーラに向け、じっと見つめた。その目線に体や心の奥深くまでを見通されているような気分になる。

 シーラにとってはずいぶん長く思える時間のあと、老人は口を開いた。

「シーラ・イグル」

「は、はいっ」

「君の学びには数々の困難が待っているだろう。だがくじけるな。諦めるな。その困難のあとには、大いなる道が開けるのだから」

「は……はい」

 帰ってよいと言われ、シーラは校長室をあとにした。だからシーラは、そのあと校長が深く考え込むような顔をしたことは知らない。


4


 翌日は入学式だった。

 大きな講堂の正面に先生たちが立ち並び、新入生全員がその前に立って、カリキュラムの説明と先生の紹介が行われた。

 そのあとで一人一人校長の前に進み、入学の誓いを行った。

 今年の新入生は百十二人であるという。一つのクラスは二十人が原則なので、六つのクラスが編成された。シーラは第6クラスである。

 一年次はどのクラスも同じ授業を受ける。二年次から五年次までは、得意分野によってクラスが編成し直される。クラスによって授業も違うし、個人個人の適性によって受けなければいけない授業も変わるのだという。

 水の魔法の適性がまったくないものに水の魔法を練習させてもむだである。得意分野を伸ばすのが本人のためでもあり、国のためでもあるのだ。

 さて、入学式の翌日は、いよいよ杖との契約である。

 杖と契約できなければ魔法も教えてもらえないし、授業も受けられない。

 魔力検査に合格した者で杖との契約ができない者はめったにいないというが、それでも時々は杖との契約ができず、家に帰される者もあるという。

 いわば本当の意味での入学試験のようなものだ。

 シーラは大きな不安と少しの期待を抱きながら眠った。


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[一言] プロローグで枝を切りに来たのはお父さんだったのですね。勝手にお母さんだと思ってました(^^)優しい文章で、凄く惹き込まれます。続きが凄く楽しみです!
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