エピローグ
「地霊獣アーカンスよ、久しぶりだ」
「騎士エルガー。久しぶりだ。われが宿っていることを知っていたのか」
「気づいたともさ。シーラは全属性の加護を持っていた。ところが、シーラの周りでは、黄色い精霊だけがみえない」
「みえないということは、いないということだとは考えなかったのか」
「そんなはずはないな。シーラの周りには地属性の強い恩寵があふれ出してた。シュリハスラは葉を伸ばし花を付け、正しく保管されていたドルド芋は次々に芽を出した。一年生の塔の周りは薬草も雑草も恐ろしい勢いで成長している。植物園では地属性呪文が異常に高い効果を得ている。地属性の恩寵があるのは明らかじゃないか」
「なるほど」
「けど、地の精霊の姿はみえない。みえないはずだ。強すぎる恩寵の前では、同系統の精霊はみえないんだ。昼間光の恩寵が強いときには、光の精霊スカントはほとんどみえない。夜、闇の恩寵が強いときには、闇の精霊ノイシはほとんどみえない。多数いるはずの地の精霊ヤット=グがみえないのは、なぜか。簡単なことさ。それをはるかに上回る地属性の恩寵を、シーラが受けているからだ。すなわち地霊獣アーカンスの恩寵を」
「ははは。許せ。騎士エルガーがどんな環境に身を置くのか、確かめておきたかったのだ。だがわれの存在がよけいな影響を生むことは控えたかった。だから存在を隠していたのだ」
「地霊獣アーカンスがこの杖に宿っているとなれば、シーラは治癒魔術師として大活躍できるわけだろう。素晴らしいことじゃないか」
「ふむ。騎士エルガー。一つ言っておく」
「何だい」
「われの恩寵は、人間には過ぎた力だ」
「そりゃま、そうだ」
「シーラが魔術師としてじゅうぶんに育たないのに強い恩寵を与えると、シーラ自身に悪い影響を与える危険がある」
「うん。そうだろうな」
「もともとシーラは強い魔力を持っている。それにわれの加護が加われば恐るべきものとなる。そのことが知られてしまうと、シーラの生き方が周りにゆがめられる恐れもある」
「なるほど。それもわかる」
「杖に依存しすぎるのも、シーラにとってよいことではない」
「まあ、そうだな」
「われわれの使命は、むしろシーラ本人を成長させることにあるのではないか」
「なるほど」
「だからわれは、徐々に徐々に、必要に応じて恩寵を解放してゆくつもりだ」
「わかった。それがいいだろう」
「お前もそうせよ」
「なに?」
「お前がまともに加護を発揮したら、シーラはこの国の最強騎士になってしまう」
「おおっ! いいじゃないか」
「そうすれば、戦場に送られる」
「えっ?」
「授業で聞いたであろう。魔法騎士はこの国の守りの要であり、戦争の主力なのだ。シーラは戦いを強要されることになる。それはシーラの願いなのか」
「いや。たぶんそんなことはない」
「そうだろう。だからお前は、シーラが自分の身を守れるほどに加護を与え、それ以上の力を解放するのは控えたほうがよい。シーラの人生のなかでお前の力を本当に必要とするときもあるだろう」
「よくわかった。アーカンス。では俺たちは杖の奥深くに潜んで、シーラをみまもろう」
「そうしよう。ただし必要な時が来れば、われもお前も最大の恩寵を発揮して、シーラ・イグルを助けるのだ」
「そのときが楽しみだな」
「楽しみだな。では、まただ、騎士エルガー」
「ああ、まただ、地霊獣アーカンス」