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……そのことを知ったのは、彼女の顔色がひどくくすんでいたことからだった。
ため息をつきながら今にも倒れそうな彼女に思わず声をかけていた。
「どうしたの?すっごい顔色わるいけど……」
彼女は私のことを一瞥し、ゆっくりと近づいてきた。
「最近眠れなくて……」
「なにか悩みでもあるわけ?」
昼休みのこの時間を利用しようと考えた私は、主人のいない私の隣のデスクの椅子を彼女にすすめた。
すんなり椅子に座った彼女はそれでも額に手を当てながらつらそうにしている。そしておもむろに口を開いた。
「春子って……幽霊って信じる……?」
「は?」
なんの冗談か、そう思って笑い飛ばそうとした私の目に、まじめな顔をしている彼女がうつった。
「なに……幽霊って…」
「そうだよね……春子はそういう非現実的なことしんじるわけないよね……」
そういって席を立とうとした彼女をなんとかなだめて、事の次第を聞くことにした。
「なんかね、真夜中に、私の部屋に誰かがいる気配を感じるの……」
「……」
「そしたら、急に電気がついたり、かと思ったら消えたり、棚とかテーブルとかが勝手にがたがたなったり……私怖くって……」
「……」
既視感を覚える。
「一週間ほど前からなんだけど……すっかり部屋に帰るのが嫌になっちゃって……」
いつもきっちり化粧もしてぬかりのない彼女がこんなに顔色を悪くして目の下にもクマをつくっている。私はイラついた。
―――言うまでもなく、彼、にだ。
「出てこい家鳴り!!説明してもらおうじゃないの!!」
会社ではどこを探してもやつを見つけることができなかった。それが図って私から逃げているように見えてならない。会社で見つけられないのなら私の家でつかまえればいい。そう決意した私はすぐさま自分の家に帰ると電気をつけるよりも先に叫んだのだ。
「えっ、春子ちゃんが俺を自分から呼んでくれた……?」
少しして、リビングからひょっこりと嬉しそうな顔をした家鳴りが出てきた。やつの顔を見た私は乱暴に電気をつけて、やつに詰め寄った。
「アンタ、いたずらするにもほどがあるわよ!憔悴させるまでやるってなんなの!喧嘩売ってんの?買うけど!」
「ま、待ってよ春子ちゃん、話が見えないんだけど……」
―――数分後、私は家鳴りの前で正座をしていた。
「……だいたいね、ここ数週間俺は春子ちゃんの家にずっといたでしょうが。さすがの俺でも分身はできないよ」
「すみません……早とちりでした……」
「わかればいいんだけどさ。まぁちょいちょい『仕事』しに出張はしてるけど」
「は?じゃあやっぱりあんたが……」
「だーかーら、春子ちゃんの同僚に通い詰めてるのは俺じゃないってば。そりゃたしかに春子ちゃんの同僚のデスクにあったペンの場所をかえる『仕事』はしたことあるよ、だけど出張してまで『仕事』したいと思うのは春子ちゃんだけで……」
「は?なにそのちゃちいいたずら!今どきの小学生もそんなことしないわよ」
なんで聞いてほしいとこは聞いてくれないんだろう……。そんなことを言っている家鳴りは、気を取り直して私に向き直った。
「あのね、春子ちゃん。たしかに春子ちゃんの同僚についてる家鳴りはストーカーじみて陰湿だけど……」
アンタも同じようなもんでしょうが。私に。
「事実、家鳴りの本性はそれなんだよ。人間を憔悴させてナンボって世界なの」
……まぁそれが本当に家鳴りの仕業だったら俺がなんとかしてやらんでもないけど。
そういった家鳴りはにっこりと私にほほ笑んだ。