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語弊があった。彼は人ではなく、本当に妖怪だったのである。
私が彼を妖怪「家鳴り」だと認識したのは、次の日の会社での出来事によってである。
彼は私以外の人間に見えないらしい。部長のデスクにあろうことか寝そべりながらぼりぼりと煎餅を食べていたことで確信した。
部長の目の前でそれは行われているはずなのに、部長どころかオフィスのだれも気に留めていない。それにつけて、彼は私と目が合うと、にっこりと笑ってぶんぶん手を振っているにも関わらず、だ。
唖然として彼を見ていたら、部長に呆けてないで仕事しろと怒られてしまい、その理不尽さに眉間にしわがよった。
あとから知ったのだが、彼が私以外の人間に見えないのではなくて、私だけ見えるようにしただけで、本来は人間に見られては仕事に支障をきたすらしい。
彼の言う仕事というのは、われわれ人間にいたずらするというしょうもないものである。
なぜ、妖怪の彼にきにいられてしまったのか、私自身わからない。いまでは私の家までついてくる始末だ。さすがに何度もポルターガイストもどきをされたらびっくりするどころか煩わしくなる。人間は慣れる生き物なのだ。
「……そんなこと言ったら俺たち妖怪にとって生き甲斐がなくなっちゃうんだけど」
「だったら早く私から興味なくしてよ」
それはない、そう言い切った家鳴りは、今日も私の部屋に居座り、私のビールを飲んでいる。
喉がなるのを見つめながら、くたびれたジャージの裾をつかむ。
「あんたさぁ、このほつれどうにかしたら?みっともないけど」
「何言ってるの春子ちゃん。このどうしようもなくくたびれてる感が体にマッチするんじゃんか」
この妖怪は人間よりも妙に人間臭い。
「いつもの着物でいなさいよ。そのほうが清潔感あるんだから」
「あの着物は俺にとって仕事着なの!春子ちゃんだって私服で学校の制服着ないでしょ?」
返答しづらいことを言われてぐっと詰まる。
「大体俺の格好を気にするんじゃなくて俺の仕事を気にしてほしいんだけど」
「なんのためにいたずらなんかするのよ」
彼はあたりめを奥歯で噛みながら、くるりとこちらを向いた。
「その質問は俺たち妖怪の存在意義そのものの本質を突くけど、これだけは言える」
そして秀麗な顔がきれいにほほ笑んだ。
好きだからに決まってる。
―――思わず見惚れてしまった。
知らぬ間に心を許していたのかもしれない。だから私は知らなかった。彼が私の会社の同僚の家に夜な夜なポルターガイストを起こしていることに。
―――「家鳴り」という妖怪の本性に。