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家鳴りは作者の勝手な解釈に基づいています。ホラー要素はありません。
春子はビールにあたりめだけの質素な晩酌を終えて、愛してやまない布団に入ってすぐ、それは起こった。
―――消したはずの電気がちかちかと光りだし、安物の家具がきしきしと音を立てて揺れだした。
部屋の中には春子しかおらず、まして今は夜中の十二時を回っている。その異様な部屋の様子に、家主である春子は……。
「……うるっさい!!まぶしくて寝れないでしょーが!!安眠妨害だけはすんなって言ってるでしょう!?」
布団から顔を出してそう叫び、大きく舌打ちをした。
途端に先ほどまでの騒がしさはなりをひそめ、夜の静寂があたりを包んだ。
春子は再び布団をかぶり、仕事の疲れを癒すために眠りの世界へと旅立った。
春子が寝静まった後、春子の布団の側にひとつの人影が浮かび上がる。人影は、ぐっすりと寝ている春子の寝顔を見つめながら、ため息を一つつく。
「……俺のプライドずたずたなんですけど……」
***
私、三島春子が彼と出会ったのは、会社の休憩室だった。
後輩の尻拭いで残業していた私は、一息つこうと思ってコーヒーを飲みに来ていたのだ。省エネ志向の会社で、最後に部屋から出るものは電気を消すため、休憩室も私が来たときは真っ暗だった。自販機で買ったコーヒーを、その場で飲む。缶を傾けたときに、ふと、一つの蛍光灯が気になったのだ。それだけ接続が悪いのか、ちかちかしている。ほんの一週間前に休憩室の蛍光灯を替えているところを見たので、寿命が来たわけではないだろう。やはり、接続が悪いとしか考えられなかった。
一度気になったらどうしても抜け出せない性分と、残業の疲れから、蛍光灯のちかちかを見ていたらすごく苛立ってきた。私はどうにかしてなおせないものかと、電気のスイッチを一度消して、もう一度つけてみた。すると、今度は接続がうまくいったのか、件の蛍光灯はしっかりと発光した。私は満足のため息を漏らし、再びコーヒーを傾けた。
そこで私が見たものは、先ほどの蛍光灯ではない蛍光灯が、ちかちかとしているところであった。
イラついた私はもう一度スイッチの操作をした。そうするとその蛍光灯もしっかりと光っている。そして安堵した私がコーヒーを飲むと、またもや別のところで蛍光灯がちかちかとしてくるのだ。
……蛍光灯と私の攻防は、およそ三十分も時間を食った。もはや意図的にとしか考えられなくなった蛍光灯のちかちかを血走った眼で見つめていたら、どこからか笑い声が聞こえてきたのだ。
残業していたのは私の知る限り誰もいなかったはずだから、私は驚いて声のするほうへと振り返った。
そこには、深い藍色の着流し姿の男が立っていた。
会社に和服で来るなんて随分と図太い神経を持っている人だな、なんて考えていたら、彼にじっと見られていることに気付くのが遅れた。
「……お疲れ様です」
変なことには首を突っ込まないのが一番、そう決めていた私は目線をそらして休憩室を出ようと足を動かした。もうすでにちかちかする蛍光灯への闘争心は消えていた。なぜなら彼に大の大人がむきになって蛍光灯のちかちかをなおそうとしていたなんて見られていたかもしれないのだ。
電気のスイッチのある壁の近くに立っていた私は、入口にいる彼の横を通らねばならない。真顔で恥ずかしさを隠しながら彼の横を通ろうとしたとき、バチン、と大きな音が鳴り、あたりが真っ暗になった。
停電!?なに!?何事!?
後輩からも同僚からもクールと言われる私は、その時はさすがに驚愕して体が固まった。
つけっぱなしにしてきたパソコンもなにもかも頭から抜け去るほど、私は動転した。
しかし、それは数秒と持たなかった。
なぜなら、あの彼が、再び笑い始めたから。
「な、なに笑ってるんですかっ」
あまりのことに私は先ほどの我介さずポリシーを忘れ、近くにいる彼に話しかけてしまった。
「ごめん、あまりにもいい反応をしてくれるもんだから」
「はぁ?」
パチ、その音とともに、視界が広がった。暗闇に慣れ始めていた私の目は、急に明るくなった周りに反応できず、すこしだけ眩んでしまった。だんだんとはっきりとしてきた視界の中で、彼が私に笑いかけているのが見えてきた。
「どうも、はじめまして。俺は妖怪の『家鳴り』というものです。以後お見知りおきを」
群青の目のなかに、ぽかんと口をあけている私の間抜け面が映っているのが見えた。
そして私は悟ったのである。
……本当にやばい人だった、と。