渤海海戦 上
「機関両舷全速!!不明船に接近し国籍を確認せよ!!」
大貫の命令が飛ぶ。
機関室ではエンジンの出力が上げられ、それとともにスクリューの回転数と速度が上がっていく。ちなみに、「流星」の機関はレシプロでもタービンでもなくディーゼルエンジンだ。そしてそのエンジンは最高速力30ノットを叩き出す。
「距離22000!!」
まだこの距離では、正確に相手を判断することができない。
「クソ、偵察機があれば!!」
大貫が悪態をつく。この時期、航空機は発展途上の段階ではあったが、偵察機としての価値は大きくなりつつあった。帝国海軍において、優秀な水上偵察機である90式水上偵察機が登場したのもこのころである。
そして生憎、義勇艦隊はまだそうした航空戦力を持ち合わせていなかった。
「しかし司令。敵との距離はグングン縮まっています。どうやらあの船の最高速力は20ノットも出てないようです。」
黄が大貫を落ち着かせるように言う。
「距離、20000!!」
見張り所からの新たな報告が来る。
「総員戦闘配置!!」
ここに来て、大貫は乗員に戦闘配置を命じた。
命令と共に、艦内の乗員が一斉に戦闘用服装に身を包んで、各々の部署に走る。
ちなみに、大日本造船義勇艦隊の服装は海軍との差別化を図ってかなり違うタイプの服となっている。強いて言うなら現実世界の航空自衛隊の作業着のデザインに近い物である。
「距離18000!!」
「もっと近づくんだ!!」
今回積んで来た武器の中で最大の射程を誇るカノン砲の射程は15300mである。さらに、有効射撃をするためには10000以下に接近しなければならない。それ以上では、例え当てたとしても有効弾にならない可能性がある。
「距離15000。不明艦船は小型船1、中型船1の模様。」
ここに来て、ようやく見張りから敵に関する情報が入ってきた。
「主砲ならびに後部機関砲は射撃準備!!」
まだ敵と決まったわけではないが、大貫はいつでも戦闘できるようにしておく。
距離が縮まれば、カノン砲だけでなく機関銃なども使用可能となる。こうした武器は大型艦相手には通じないが、小型艦相手なら充分な打撃力を持つ。
各砲では砲員たちが砲の仰角をあげ、目標に向けて旋回させる。また装填主は、対艦艇ようの徹甲弾を装填する。
「距離12000。不明艦船は砲艦らしきもの1、輸送船らしき物1。速力12ノット!!」
この報告を聞いて、多くの乗員が安堵の表情をした。砲艦程度ならば、勝てる自身があるからだ。
「距離10000!」
「主砲測距始めよ!」
「流星」には簡易ながら測距儀と計算機が搭載されている。これで敵との正確な距離を測り、砲の照準に必要なデータをとる。
「距離8000!不明船急速転舵!あ、張学良軍の旗を確認!間違いありせん。敵です!」
「主砲撃ち方用意!!マストにLの旗を掲げよ。それと発光信号で停船を要求しろ!!」
Lの旗とは、国際船舶信号旗で、「我貴船に停戦を要求す」の意味を持つ。
艦橋横の信号所では、発光信号で停戦要請を打つ。中国語、続いて英語でそれぞれ2回づつ打たれる。しかし、敵は止まらない。
「敵艦船、停船の意思はない模様!!」
見張り員の報告が来たと同時に、敵艦船が発砲するのが見えた。
「敵発砲!!」
渤海海戦の始まりであった。