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マレー半島電撃戦

 英国とオランダが宣戦布告してきたため、日本側の戦線は一気に広がった。


 1942年8月時点において、日本軍は既にフィリピン全土を占領し、暫定政権を樹立させていた。日本はそのフィリピンを補給基地として、南方への即時侵攻を図った。


 フィリピンの独立は、既にアメリカ時代に決定されていて、1944年に独立予定であった。しかし、その政府は親米派の人物で固められる予定であった。


 日本側が作った暫定政権は、親日派の人間を含めたものの親米派の人間もいれることによって、フィリピン国民の感情を良くしようと図った。


 また、この政府はあくまで暫定政権であり、1944年には総選挙を実施する旨を発表した。これも、現地住民の感情を考えての処置だった。


 開戦時、フィリピンに上陸したのは3個師団であった。この内の2個師団が抽出される事となった。


 日本陸軍は、満州事変以降大きく変わったと言える。満州の完全独立と中国への侵攻失敗がその根本にあった。


 中国における戦争が不拡大に終わって以降は、年度予算における軍への支出が厳しくなった。これは上記理由に加え、インフラ整備や世界恐慌後に急増した失業者対策を急ぐべきという声が高くなったからだ。また、折しもその時期海軍は軍縮条約の真っ只中にあり、艦艇の建造を控えていた時期でもあったからだ。


 日清戦争以来、覇権一辺倒であった陸軍も戦争相手がなければどうしようもない。特に、それまで仮想敵としてきたソ連との間に満州という防波堤が出来た事も、予算縮小へ拍車をかけた。


 結局、昭和10年前後にかけて、陸軍は大幅な軍縮を行わざる得なかった。それは17個あった師団の内、2個師団の廃止と、一部師団の旅団への縮小であった。また、毒ガスなどの兵器の研究、生産も大幅に縮小された。


 もちろん、陸軍内部からは反発も起きたが、世間の風当たりが強いと言う事もあって、目をつぶらざるえなかった。


 ただしである、これに伴い解雇された現役軍人の相当数は、軍事顧問として満州や内蒙古、タイ等へ派遣されているから、不満の声はごく短期間で終息したとされている。


 また、この時の軍縮は宇垣軍縮同様に、兵員を縮小した分の予算が近代化に回された。


 これによって、38式歩兵銃から早期に99式歩兵銃への更新が完了し、さらに戦車の開発、改良も早期に進められた。


 こうした軍の近代化には、インフラや国民生活の向上が後押しした。国が失業者対策や都市整備に回した予算は、国内の生活レベルの向上や大幅な機械化を促進した。特に、道路の舗装率の向上と、自動車産業の発展は軍のトラック配備数を大幅に増やす事となる。


 このトラック配備数の上昇は、満州事変において軍隊の速力の速さが大きな武器となった戦訓の影響もあったとされている。


 南方作戦開始時、日本陸軍の装備は最新式の99式小銃に99式軽機関銃といった最新式に更新されており、また衣服も1式防暑衣という海軍との合同研究で開発された南方戦闘用の服に交換されていた。


 また、それまでの飯盒炊飯を取りやめ、専門の調理部隊を付属させたのもこの戦いが始めてであった。


 トラックの配備数はこれまで行われたどの作戦よりも充足率が高く、また戦車も75mm野砲を装備した零式中戦車が投入された。


 英蘭印軍も日本側の侵攻に供えてはいた。例えば、陸上兵力の装備の更新は進んでいなかったが、戦車としてはマレー戦線にマチルダ戦車の初期型を、またジャワ島には米軍から急遽買い付けたM3戦車が配備されていた。


 航空戦力もB339バッファローやカーチス・デーモン、フォッカーFW21といった旧式機に加えて新たにアメリカや英から購入、供与されたP40やハリケーン戦闘機を用意して待ち構えていた。


 これら新装備と、増援された英東洋艦隊や蘭印艦隊があれば大丈夫という自信が英蘭軍にはあった。


 しかし、これら出来る限りの装備で固めた英蘭軍も、結局日本軍の侵攻を止める事は出来なかった。


 英国があてにしていた東洋艦隊は開戦2日目にして致命的な損害を被りセイロンまで後退してしまい、さらに残るオランダ艦隊もその後進出してきた日本の増援艦隊との戦闘で一方的な大敗北を決して全滅した。


 また、機種更新を進めた航空戦力は逆にそれが整備員の手間を取り、稼働率を低くしてしまった。おまけときて、日本陸軍の零式戦闘機「隼」は搭乗員の腕と合わせてこれら航空部隊を圧倒した。


 戦車部隊も、マチルダはその重装甲を武器に勇敢な戦闘を行ったが、制空権を奪われていた事、さらに日本側戦車が75mm砲を持っていたために一方的な戦闘は行えず、短期間で全滅している。


 おまけときて、元々日本との戦争目的が無く、植民地兵の割合が多かったために戦意に欠けて早々と降伏する部隊も少なからずあった。逆にインド兵のように英国に反旗を翻したり、サボタージュを起こす兵士たちもいた。


 結局、蘭印そしてマレー半島の制圧は、11月にシンガポールの占領が成って終了し、わずか3ヶ月で終結するという電撃戦となった。


 御意見などをお待ちしています。

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