マレー沖海戦 中
明けましておめでとうございます。正月から戦争小説をアップするのもどうかと思いましたが、今年も良き1年になるよう願っています。
「やったぞ!思った通りだ。敵艦隊だ!!英国の東洋艦隊だ!!」
通常、敵艦の識別は難しい。しかし、この時潜望鏡には艦形まではわからなかったが、大きな戦艦クラスの艦影が3隻映っていた。
今この海域を航行する戦艦は英国東洋艦隊しかありえない。
「やりましたね艦長。無線連絡しますか?」
先任将校の時田少尉が聞いた。
「いや、既に味方の飛行艇が発見しているからな。その必要はなかろう。」
浮上中の無線傍受で、既に英東洋艦隊が2度発見されているのを鄭中尉は知っていた。だから、自分の艦が英東洋艦隊と接触する可能性が高いことを。
「では攻撃なさるのですか?」
「ああ。本艦はまだ一本も魚雷を使っていない。14本の魚雷が残っている。ここで攻撃しない手はない。幸いこちらはまだ気づかれていない。」
「わかりました。」
時田少尉は魚雷室との電話をとる。
「水雷長。」
「はい。」
「魚雷戦用意!!」
「了解!!」
「艦長、魚雷は何を使いますか?」
「空気魚雷だ、いや、あの新兵器を使おう。」
その途端、時田が表情を険しくした。
「ええ!あれはまだ不完全な兵器です。」
「そうだ。だが、使ってみる価値はある。もし有効な兵器であるなら、この後の戦いが大きく変わることになるぞ。」
「わかりました。水雷長。魚雷は空気魚雷。信管は磁気信管を使用。」
「了解!!」
今回彼らが積んできた新兵器は、磁気信管装着の魚雷だった。
磁気信管とは、文字のごとく磁気に反応して働く信管である。後に米国はマジックヒューズ、いわゆるVT信管を実用した。これは40mm機関砲弾にも装着できる物だったが、それと同じである。ただし、魚雷に積む分装置自体の大きさも大きくなり作りやすくなり、衝撃も小さい。
日本側のVT信管本格採用は戦後まで待たねばならなかった。しかし、魚雷に関しては早いうちから研究を重ねていた。それでも採用は昭和18年に入ってからだ。
一方で、義勇艦隊はヨーロッパから亡命してきたユダヤ人科学者を高額で採用し、科学技術分野で一歩先を行っていた。
そして、それが今彼らが磁気信管魚雷を持つという結果を生んでいた。
ただし、いまだ試作品の域は出ていない。改修を幾度も受けているが、信管の感知率は60%とけっして低くはないが、まだまだ完全とはいえない状態であった。
その新兵器を鄭中尉は使う事にした。ちなみに、後にはじめての音響探知魚雷をはじめて使う事になるのも彼であった。
「魚雷装填完了まで約5分です。」
「よし。舵面舵15度。音を立てずに静かにやれ。」
「了解。」
潜水艦にとって、敵に発見されることは攻撃が二度と出来なくなる事と同義語である。敵は回避運動を取ってしまうし、場合によっては駆逐艦等からの猛烈な爆雷攻撃を加えられる。
潜水艦は水中では10ノットも出ないから、逃げられる可能性は低い。ひたすら深く潜って、敵が諦めるか、それとも自分が沈められるのを待つしかない。
そうならないために、なんとしても敵に発見されるのを防がねばならない。
「ようし。敵は気づいていないぞ。まず第一撃は外側にいる駆逐艦。つづいて余裕があれば巡洋艦か空母をやる。」
鄭は4本の魚雷で沈めやすい船を目標に選んだ。駆逐艦は1,2本で沈むし、巡洋艦も当たり所によっては1本で沈む。空母はさすがに沈みはしないだろうが、傾斜するだけで航空機の運用が出来なくなる。
「おまたせしました。魚雷装填完了です。」
水雷長からの装填完了の連絡が来た。
「ようし。敵との距離6700m。敵速20ノット。方位右15度方向。」
さっそく管制システムの計算装置に兵がデータを入力する。これで艦の向きや速力の最適値をはじき出す。
データの通りに艦首が向けられた。
「魚雷発射管に注水完了。いつでもどうぞ。」
「ようし。発射!!」
発射レバーが押され、4本の53cm空気魚雷が勢い良く押し出され、走り出した。