マレー沖海戦 上
英国とオランダが対日参戦した為に、戦争は太平洋中に広がってしまった。とりわけ、オーストラリアが敵に回ったのは、日本にとって頭の痛い問題であった。
鉄や小麦等の資源の輸入が止まっただけでなく、オーストラリアは米軍にとって、後方補給基地としてまたとない場所である。また、日本側の制圧地域に近い場所が新たに敵の勢力圏内になってしまった。この内、豪領のラバウルはトラック島への爆撃機発進拠点になる可能性が高かった。
そのため、英国の対日参戦直後に日本軍は第四艦隊と陸戦隊を送って同地を占領している。ただし、日本軍の計画ではそれ以上の進出は補給線の能力限界として、今回は占領は棚上げにされた。
これが後にソロモンの激戦となる戦いの序盤戦であった。
一方で、シンガポールへ進出した英東洋艦隊の動静を、日本側は注視していた。
この時期、この方面へ派遣できる艦隊はフィリピンを拠点とする第六艦隊であった。
この艦隊は潜水艦を中心とする艦隊の為、水上戦力はなかった。
他に有力な戦力はダバオに進出した陸攻隊であったが、こちらは蘭領インドシナへの爆撃任務もあるから、おいそれと出撃させられない状況にあった。
もちろん、日本側もこの状況がまずい事は重々承知していた。そこで、英国参戦2日前には柱島に停泊していた空母「翔鶴」、「瑞鶴」、「瑞鳳」、巡洋艦5、駆逐艦10からなる新編成の第2機動艦隊を出撃させている。
これら3空母には正式採用されたばかりの新鋭艦上爆撃機である「彗星」や艦攻「天山」が搭載されていた。零戦も新型の54型であった。「瑞鳳」もカタパルトを新設して新鋭機の運用を可能にしていた。
司令官は猛将で知られる山口多聞中将であった。
山口中将は、この時世界初の航空機による戦艦撃沈の機会を得んと張り切っていた。この世界では、いまだ航行中の戦艦は航空機に沈められていなかった。
一方、目の敵にされた英東洋艦隊も参戦前日に出撃し、行方を眩ませようとした。
ただし、彼らの幸先ははっきり言って悪かった。何故なら出撃してわずか3時間後に日本の「伊65」潜水艦に発見されている。
艦隊はこれに気づき欺瞞進路を取ったが、今度はタイ海軍の飛行艇に発見されてしまった。ちなみに、英国はタイにはまだ参戦していなかったため発砲できなかった。
後に生還した参謀長のキース少将は、度重なる敵の接触に、フィリップス提督以下将兵全員に何かしら、口には表せない不安感が蓄積していったようだったと語っている。
そう、この時の英東洋艦隊はとことん運がなかった。
そして彼らにとって、3度目の接触者となった潜水艦がいた。義勇海軍所属の「S6」潜水艦だった。
同艦は3日前から、オーストラリア方面から迂回してくるアメリカ潜水艦への索敵、そして情報で宣戦する可能性の高い英国軍に対する索敵も同時に行っていた。
台湾を出撃して4日目の夕方、同艦はまず複数のスクリュー音を捉えた。
「艦長、複数の推進器音を探知しました。」
狭い潜水艦の指揮所の中で、聴音手の報告に、艦長の鄭中尉は顔をほころばせた。
「ほお、獲物かな?方位は?」
「左舷3時方向。」
「よし。潜望鏡深度まで無音浮上!音を立てるな!!」
潜水艦の強みとは一重に敵に見えないということである。だから、敵に見つかったら終わりである。ひたすらじっとするか、攻撃を断念して一目散に逃げるしかない。
鄭は最新の注意を払うよう命令した。もちろん、乗員一同、そんなことは百も承知だった。
「S6」はゆっくりと浮上していった。
「艦長、潜望鏡深度です。」
深度計を呼んでいた兵が報告してきた。
「よし、潜望鏡を短く上げろ。」
小型モーターが動き、潜望鏡が目線の高さまで上げられた。
彼がレンズを覗くと、夕日に対して影となって移る複数の艦船の姿が見えた。
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