千島列島海空戦 中
実はこの時、占守島には義勇海軍と海上護衛総隊所属の魚雷艇がそれぞれ3隻ずつ駐屯していた。
この6隻は、諸島群における海域での魚雷艇による対潜哨戒能力の研究、ならびに経験豊かな義勇海軍から海上護衛総隊への運用ノウハウ教習のために配置されていた。
義勇海軍の魚雷艇は、いざとなったら魚雷の代わりに爆雷を積み込んで、駆潜艇としても使えるように設計されていた。
配置されたのは米艦隊奇襲の1週間前の事であった。
米機動部隊択捉島を空襲の報に接し、特設魚雷艇隊指揮官の有坂大尉は取り敢えず魚雷艇隊にも注意を促すと共に、翌日の艇の装備をどうするか迷った。
空襲に対応するならば、可燃物である魚雷、爆雷を積むのは危険である。しかし、もし敵が直接艦砲射撃するような事態に陥れば、魚雷が必要である。また潜水艦がこの機に乗じて樺太方面に侵入することも有りえる。もしそれに伴う哨戒出動になったら爆雷が必要である。
「参ったな・・・」
さんざん悩んだ挙句、彼が出した結論は2隻に魚雷を装備し、1隻に爆雷を装備するであった。戦力の分散を招きかねないが、あらゆる事態に対処せねばならない。
もし空襲となったなら、魚雷や爆弾は海中に投棄する。もったいない話だが、それ以外に方法はない。
早速、整備兵達が魚雷落射装置と爆雷投下装置に魚雷と爆雷を積み始めた。しかし、この時には空襲に備えて一端魚雷、爆雷は取り外していたから再装備せねばならなかった。
魚雷艇には魚雷なら4本、爆雷なら20個を積めるが、これらの搭載には最低2時間は必要であった。人力と簡単な搭載用機械しかないからだ。
整備兵は一艇あたり3人しかいない。そのため乗員8人もこれら搭載作業を手伝う。
全員汗だくになりながら作業を続けた。途中空襲で作業が中断したが、幸い魚雷艇に襲い掛かってきた敵機はいなかった。
そしてようやく作業の終わりが見え始めた頃であった。突然遠雷のような音と、地響きが伝わってきた。
「なんだ?」
「地震?」
若い兵士たちが口々に呟くが、有坂にはこれが何であるかわかった。
「艦砲射撃だ!!」
依然義勇艦隊の砲撃訓練に参加した事がある彼には直ぐにわかった。
「全艇出動準備!!」
号令と共に、各艇のエンジンが始動する。
パッカード・マリーンのライセンス版であるマ式発動機が次々と始動し、排気口から煙を立て始めた。
そしてエンジン始動の5分後、魚雷の調整が終わった。
「御苦労!!」
突貫作業を行った整備兵に労いの言葉をかけ、彼は魚雷艇に乗り込んだ。
「頼むぞ!!」
「わかっております!!」
小さなブリッジに登ると、操舵手の青中士の肩を叩きながら言った。
対艦攻撃の要領は、既に昨夜の内に全艇長を集め決めてあった。
出港後は座礁に備えて単縦陣を組み、そして突入寸前までそれを崩さず、最後の最後で傘型で突撃するという物であった。
指揮を執るのは最先任の有坂である。
「出撃!!舫い解け!!」
桟橋と魚雷艇を繋いでいたがロープが次々と外される。
「帽振れ!!」
残存する魚雷艇の乗員や整備兵が帽子を力一杯振る。それに対し、乗員たちは敬礼で答える。
4隻の魚雷艇は少しずつ速度を上げていく。
幸いにもこの日は、波は凪いでいる。また、霧が多少出ているが視界を大きく塞ぐほどではない。むしろ、こちらの接近を敵に悟らせにくくする煙幕のように思えた。
「いいぞ、天候はこちらに味方している。」
砲撃の音は先ほどより小さくなっているものの、まだ続いている。その音目指して魚雷艇隊は進んでいく。
魚雷艇にはレーダーなどという贅沢品はまだ装備されていない。乗員の目と耳、そして無線の送受信のみが情報を得る手段だった。
「艇長、微弱ながら敵の電波を探知。どうやら衝突を避けるために艦隊内通信を行っているようです。」
電信兵が伝えてくる。
「ようし。その電波をしっかり追え。」
その言葉を待っていたかのように、砲撃音が止んだ。どうやら砲撃を終了したようだ。
「艇長、電波の発信も中断しました!」
電信兵が再び伝えてきた。
「最後に電波を発した方角に走れ!!」
4隻はとにかく最後の発信地点に舳先を向けた。他に方法はない。
「空振りかな?」
相手が外洋に出られると厄介である。付いていけなくはないが、こちらの運動性能や高速性能を大きく制限されてしまう。
また、こちらも慣れない海域であるから座礁する危険もあった。
数分ほど、気まずい空気が艇を支配した。
しかし、天は彼らに味方した。
風が出てきた。霧がすこしずつ晴れる。
500m程だった視界は一気に4000m近くまで晴れた。すると、後部機銃座の兵士が叫んだ。
「敵マストらしき物見ユ!!」
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