南鳥島沖海戦 終焉編
敵艦隊攻撃を終えた航空機を、「白虎」が収容する。
その「白虎」に向かって、後方にいた帝国海軍の2隻の駆逐艦が発光信号を行う。
「司令、日本駆逐艦が敵機動部隊への追撃許可を求めております。」
いかに日本海軍といえど、八島が上官であり船団護衛の全権を追っている以上、逸脱した行動は取れない。だからお伺いを立ててきた。
「残念ながら許可できない。敵にはまだ巡洋艦と駆逐艦が健在なんだ。たった2隻で攻撃をかけても返り討ちになるだけだ。それに我々はウェーク島へこの輸送船団を送り届ける義務がある。追撃は許可できない。そう伝えてくれ。」
「了解!!」
通信兵が八島の言ったとおりの内容を返信する。
数分後、再び駆逐艦から信号がきた。
「了解。だそうです。」
八島はそれを聞いて内心ホッとした。血の気の多い帝国海軍の水雷屋なら2流海軍と見下す自分たちを差し置いて独断専行するのではないかと心配していたからだ。
その不安は現実にならなくて済んだようだ。
また、敵機動部隊が自分たちに攻撃してくると言う不安も、敵空母2隻とも戦闘不能と言う戦果報告を受けたためになくなっていた。残存する艦艇もこちらに向かってくる兆候もないというので、ひとまず安心である。
「しかし、たった30機でよくやってくれたものだ。」
彼は何よりも航空隊の搭乗員に賞賛を送りたかった。彼らの決死の働きがなければ逆にこちらが壊滅的な打撃を被っていたかもしれない。
まさに紙一重の戦いだった。
「船団は予定通りウェーク島へ向かう。敵艦隊の動向に注意しつつ、進路を予定の針路に戻る。戦闘配置解除、警戒配置へ。対潜警戒を厳にせよ。」
艦隊内の戦闘配置が解除され、乗員たちの間に存在した張り詰めた空気も和らぐ。
艦橋内のスタッフの表情にも笑みが戻る。そんな中、一人浮かない顔をした人間がいた。
「航海士、どうした?」
八島がその人間、航海士の白根護中尉に声をかけた。
「司令官!?いえ、なんでもありません。」
と本人は言うが、何にもないということはないのは表情を見れば一目瞭然だった。八島には大体その理由がわかった。
「恋人の飛行兵のことか?」
「ええ!司令官何で知っているんですか?」
図星のようだ。
「知っているも何も、フィリピンで言わなかったか?それに今艦内では専らの噂だよ。航海士と女子飛行兵が付き合っているっていうのは。」
軍隊という殺伐とした組織の中では娯楽は極端に少ない。恋愛話はそうした中で格好の暇つぶしの話題であった。
本来なら個人を特定できるような話にはならないのだろうが、護が航海士という高い地位にあるから伝播が早かったようだ。
「何だ。じゃあそうなんだな。」
「はい。」
護は正直に答えた。
「なるほど。大方出撃したので未帰還になっていないか心配しているということだな。」
しかし、護は首を振った。
「いいえ。彼女はちゃんと帰ってきました。その、実は自分の相手は空母を大破させた加古飛行兵なんです。」
それには少しばかり八島も驚いた。
「何!?お前が・・・」
「はい。その、自分の心配の種は、彼女が今度こそ未帰還になるのではないかということです。今日は無事帰ってきましたが、戦場と言う危険な場所において、二度と会えなくなるのではと思うと、気が気でないんです。ハハハ・・・自分は弱い人間です。旅順を出撃する前、お互い死んでも悔いは残さないと約束したのに。実際戦場に出てしまうと、心配で仕方がないんです。」
護は、この弱気な言葉に叱責が来る物と思っていた。しかし、八島は優しい口調で言った。
「白根。人として誰かの心配をするのは当たり前だ。お前の気持ちは人としては正しいのだろう。だが、戦場では時に人が人でなくならねばいけない時も来る。その覚悟はお前にあるのか?」
「・・・」
「覚悟がないなら転属願いを出せ、陸上勤務か教官任務に回してやるぞ。」
「いいえ、自分は降りません!!」
「なら、もっと自分と彼女を強く思え。決して自信過剰になれというわけではないが、ただお互い絶対にこの戦争を乗り越え幸せを掴む、そう強く信じろ。信じたら、戦に集中しろ。戦場において未練は死につながりかねんぞ。」
「はい!!」
護は直立不動で敬礼した。その目に、迷いは見られなかった。
「よし、だったら仕事をしろ。航海長が変針針路を計算中のはずだ、手伝ってやれ。」
「わかりました。では、失礼します。」
護は再び敬礼すると、艦橋から出て行った。
一方の八島は司令官席に腰掛けた。
「ふう。司令官も楽じゃないな。けど・・・恋人か。」
八島司令官。32歳にして一人身であった。