出撃前夜
義勇艦隊各部隊がいよいよ出撃する2日前、白根の元を訪れた一人の若者がいた。義勇艦隊中尉の制服を着た20歳半ばのその青年を見て、白根は嬉しさを含んだ声を上げた。
「おお!護じゃないか!」
彼の元を訪れたのは、四男の白根護だった。今年25歳になる彼は、海洋学院を次席で卒業後義勇艦隊で働き、3ヶ月前から空母「白虎」乗り組みの航海士となっていた。それに加えて、この3ヶ月ほどは白根自身も忙しかったため、会っていなかった。その彼が突然彼の前に現れた。
「久しぶり。父さん」
「おう。久しぶりだな。それにしてもどうしたんだ、藪から棒に。そう言えばお前も2日後出撃だったな」
白根がそう言うと、途端に護の表情が固くなった。
「そう。それで、ちょっと話があって来たんだ」
「何だ?話って?」
一体どんな話を彼が持ってきたのか、白根には疑問だった。
「その、・・・・・・・実は好きな人が出来たんだ。それで、戦争が始まる前に婚約しておこうと思って」
それを聞いて少しばかり白根は驚いた。この時代、結婚は恋愛結婚よりも見合い結婚の割合の方が格段に高かったからだ。もっとも、だからといって白根は別に恋愛結婚に反対というわけではなかった。むしろ、彼がどんな女性に恋したかの方が気になった。
「ほう。別に俺はお前が、特に問題ないならどんな女性に恋しようと文句は言わんぞ。それで一体どんな女性なんだ?」
その言葉に、今度は護の表情が少しばかり和らいだように見えた。
「その、3ヶ月前に「白虎」艦内であった飛行兵なんだけど。歳は6つ下の19歳。性格はすごく良いんだ。ただ・・・・・・」
そこから少しばかり言葉に詰まる護。
「ただなんだ?」
「その、その人は両親が早いうちに死んで、孤児院出身なんだ。」
白根は護が表情を崩さなかった意味を悟った。確かに出身が不確かな人間は、この時期結婚されるのを嫌がられる傾向にあった。こうした差別は他にも部落差別や沖縄、北海道、朝鮮人への差別などといった形で存在した。
しかしながら、白根はそういう差別には反対の立場だった。別にどこの生まれであろうが、どんな過去を持っていようが、今しっかりした人間なら差別する必要などないというのが彼の持論だった。
「なんだ、そんなことか。別に俺は生まれがどんな人間だろうと、今しっかり生きている人なら反対しないぞ」
「本当、父さん?」
その言葉に頷く白根。それを見て、護の表情が一気に和らいだ。
「ただしだ」
「え!ただし?何?」
「明日その人を連れてこい。お前がどんな人に惚れたか知りたい。それに、正式に婚約しておいた方がいいだろ。俺が証人になるよ」
翌日夕方。
「何やってるんだ俺は?」
白根はぼやきながら、タクシーに乗って家へと急いでいた。
彼自身が護に家へ来る時間を指定したのに、彼自身が会議が長引いてその時間に遅れてしまったのだ。
「運転手。急いでくれ」
「はい」
彼はタクシーの運転手をせかした。
この時期、満州国や日本ではアメリカの石油輸出禁止後も、蘭印や中東の石油が入ってくるので、ガソリン車がちゃんと動いていた。もっとも、値段はかなり割高になったが。
彼が家に着いたのは約束した時間の30分後だった。
料金を払い、家の中へと入る。
「こりゃ着替えている時間はないな」
玄関の戸を開くと、妻がそわそわしながら待っていた。
「あなた!一体何してたんだい!二人とももうお待ちかねよ」
「いやすまん。会議が長引いてな。すぐに会うよ」
「急いで、二人は客間にいますから」
妻に鞄を渡して、彼は客間へと急いだ。そして扉を開けた。
「いやすまない。会議が長引い「ええ!!」
白根がいい終わらない内に、若い女性の声が響いた。
「護さんのお父さん、司令官だったんですか?」
白根にはその声に聞き覚えがあった。
ソファーに座っているその女性を見てみる。
女性用下士官服を着たその人物を見た途端、白根の脳裏によみがえる物があった。
「君は確か、飛行練習生の加古芳江さんだったな?」
その言葉に、今度は護が仰天した。
「え!父さん芳江さんのこと知ってたの?」
人とはどこで繋がっているかわからないものである。
その後話を聞いた結果、事実はこうであった。
白根の視察を受けた数日後、彼女は成績優秀者として「白虎」乗り組みとなり、乗艦した。そして乗艦後に艦内で迷った際に、護と出会い、それが元で付き合いが始まったそうだ。
「けどまさか、護さんのお父さんが司令官だったなんて。私てっきりただの同姓だと思っていて」
彼女が恐縮する。
白根はそれに対し、笑いながら言った。
「そんな縮こまらんでいいよ。しかし護、いい人を見つけてきたな。幸せにするんだぞ」
その言葉に、芳江はキョトンとした顔になる。
「あの、司令官は私達の婚約を認めてくれるんですか?」
「もちろんだとも。君の人柄は飛行場で一目見てわかった。出身を気にしているようだが、私はそんなこと気にはしないよ」
その言葉に、芳江の顔は緊張から、一気に明るい物となった。
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