重臣会議
新京に集まった政府・軍幹部は早速、今後日米戦勃発に備えての満州国の方針について話し合った。
「私としては、満州国が直接戦争による打撃を国土に受けないかが心配です。」
そう最初に発言したのは、満州国首相の張宗恵だ。
彼の心配はもっともな事である。これまで満州を含む中国大陸では、幾多の戦乱によって何度も国土が荒廃してきた。その度に、多くの国が倒れる要因となった。
しかし、それに対し満州国軍参謀総長の石原莞爾大将が発言する。
「首相。確かに国土が荒廃することを心配されるのはごもっともです。しかし、私としてはソ連と中国の動きが気になります。」
その発言に、駐満日本軍司令官の星野哲郎中将が同調した。
「私も石原大将の意見に賛成です。日米戦が起き、日本が介入できないことを良い事に、ソ連軍が独逸軍との対決を前にして、東の資源地帯であるこの満州に侵攻しないとも限りません。」
一時期、独逸はソ連方面の侵攻を考えたようだが、部下の進言を受け、アフリカならびに西部戦線にケリが着き次第侵攻を行うという方針に転換していた。
これに伴いソ連は欧州方面において、一時的とはいえ戦力の余裕が出来た。これらの戦力が極東に移動しているという情報も入ってきていた。
「それにです。米軍が直接我が満州国を襲うということは、その手前の日本本土を飛び越えるしかありません。アリューシャン列島からの長距離爆撃も考えられなくはありませんが、米軍の現有の爆撃機では不可能であり、今後配備されたにしてもそれまで2,3年の猶予があるでしょう。」
石原大将が報告する。
満州国では、中ソからの侵攻に備えて早いうちから情報機関の整備を行ってきた。その機関が対米諜報任務にも威力を発揮しだしていた。
「では石原閣下にお伺いしますが。現状でソ連軍が我が国に侵攻した場合、戦力的に優位に立てますかな?」
張首相が聞く。しかし、石原は首を横に振った。
「残念ながら、それは難しいと思われます。現在も我が満州国軍は建国以来南北国境を守るために戦力を増強してきました。質的にはかなりの向上を見てはいます。しかしながら、ソ連軍が本気を出せば、ノモンハン事件以上の戦力を出してくるでしょう。」
この時点で、満州国は自国の工業化の進展に伴い、かなりの装備が自国製で賄えていた。しかし、それは平時の話であって、戦時になったら心許ない。
例えば、空軍は奉天に完成した航空機製造公司や、新京郊外の満州飛行機で航空機を製造していた。しかし、この工場は日本と企業との合弁会社のため、製造された機の多くは日本に納入されていた。
だから、中島飛行機がキ43として設計中だった機体を改修した四十式戦闘機の「飛龍」は、この時点で実戦配備されていたのはわずか96機であった。この他に存在するのは日本から購入した97式戦闘機や、義勇艦隊所属の96、95式戦闘機ぐらいであった。
また、戦車も日本陸軍と共用の75mm野砲搭載で装甲厚50mmの零式中戦車の製造が始まってはいたが、現時点で満州陸軍に配備されたのはわずか8両であった。
今後日米戦が始まれば、さらに満州国軍への納入が遅れる可能性もあった。
さらに、石原の言葉を引き継ぐ形で、白根中将が発言した。
「おまけにです。有利であった海軍力もソ連軍が戦艦を保有した事により、一気に劣勢に立たされてしまいました。」
ソ連軍が保有した戦艦というのは、去る1月にアメリカから購入した「ネヴァダ」と「オクラホマ」の2戦艦で、売却後は「ウラジオストク」と「アルハンゲリスク」と改名されていた。これ以外にも、スターリンは巡洋艦や駆逐艦を複数買い込んでいた。
現在この新ソ連太平洋艦隊はペトロパブロフスク・カムチャッキーに在泊しており、その南下が警戒されていた。
ちなみに、ルーズベルトがこれら艦艇の売却に同意したのは、北方に日本海軍の目を向けさせるためで、ソ連による満州侵攻を後押しするためではなかった。もとより、アメリカ政府は、満州をあまり重要視してはいなかったのだ。
「日本がアメリカと戦争状態に入った場合、関東軍が総撤退する可能性はありますか?」
張首相が星野中将に問う。
「総撤退はありえません。日本にとって租借地ならびに満鉄線の警備は必要不可欠です。ただし、現在の部隊を、本土で待機中の予備部隊に代える計画はあります。」
つまり、実戦経験も現地の情勢にも乏しい二線級部隊に代えてしまうということだ。
「憂慮すべき事態ですな。」
誰かがそう漏らした。
「とにかく、日本がアメリカと戦争に入るのは速くても今年の12月ごろと見込まれています。それまでに出来うる限りの策を練りましょう。諜報活動ならびに国境の警戒を厳にします。ただし、万が一に備え全軍に臨戦態勢を取らせましょう。」
石原が言う。
「私も石原大将の意見に賛成です。」
白根も同調した。
最終的に、会議はさらに教育等の民政問題に移った。そうした内容などを若干行った後解散した。
白根は会議が終わると、亜細亜号に飛び乗って旅順にへと戻った。
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なお、この作品中では、満州国は兵器に西暦の年号を使っています。