建造計画
北上は白根社長に、設計した駆逐艦の説明を始めた。
「取り敢えず全長は100m強。排水量は1200tから1300tを考えています」
「100m強?小さいな。確か友人に聞いた話だと、海軍の特型駆逐艦は全長が120m前後だと言うし。それに排水量も2000tはあるらしいぞ」
白根は北上の設計案に疑問を呈した。
「確かに、艦隊決戦に特化した艦ならばそれでも良いでしょう。しかし、その様な設計では造りが複雑になります。そうなると量産も利きませんし、費用も膨らみます。我が社の現状にはとても合っているとは思えません」
北上が自分の考えを示す。
「なるほど。では、この駆逐艦はどのような用途で使うのかな?まさか船団護衛のみと言うのではないよな?私は船団護衛の重要性はわかっているつもりだが、今の帝国海軍では恐らく受け入れられまい」
この時期、日本海軍では駆逐艦は多数の魚雷を積んで敵艦に肉薄し、場合によっては戦艦をも葬り去る艦隊決戦の一員とみなしていた。そのため、量産は難しいが多数の魚雷を積み込んだ大型の特型駆逐艦を重点的に建造していた。
しかし、北上の設計案ではそれに逆行する形となる。特に船団護衛は帝国海軍では軽視されがちな仕事である。白根自身は第一次大戦時のイギリスに対するUボートの話や、日露戦争での「常盤丸」の例から、船団護衛に対して理解はあった。だが彼も元帝国海軍軍人、その考えが海軍では殆ど受け入れられないことぐらい予想できた。
「確かにそうです。ですから自分はこの艦を多用途艦として設計したいと考えています」
この言葉に、白根も興味を持った。
「ほほう。それはどんな物かな?」
「まず考えているのは敷設艦です。私の設計では爆雷の搭載数を90個と多めに設計しました。これなら簡単に機雷に搭載し直して敷設艦になれます。また、同様に簡単な改装で測量艦や掃海艦にも転用できるようにしたいと思っています」
「なるほど。確かにそれは便利だ」
日本海軍の特型駆逐艦は重雷装駆逐艦で、対艦攻撃力は大きいが、反面対空戦闘や対潜戦闘用の武器はほとんど塔載しておらず、汎用性が小さい。
これは駆逐艦といわず、全ての艦種に共通することであった。
加えてそうした艦隊決戦主義の艦艇に力を入れているため、帝国海軍は万年敷設艦や哨戒艦などの補助艦艇不足であった。
北上の設計した艦でも、安く量産が可能であるなら帝国海軍にも売り込めそうだ。
「それにです。この艦は確かに特型に比べれば戦闘力は落ちますが、直線を多用した設計ですから起工から半年以内で完成するはずです。我が社のような小規模な設備の造船所でも、やり方に拠れば年に7,8隻は建造可能な設計になっています」
「簡単に言えば戦時急造艦か……」
ここで、白根は少し渋い顔になる。戦時急造艦とは、戦時にその名の通りマスプロされる艦艇の事で、大概造りが粗く、平時の艦艇に比べて性能も低い。ただ数が集められるのと値段の安さが売りで、はっきり言えば邪道な船だ。そのため、設計者や用兵からはいい目で見てはもらえない。
特に日本海軍では量より質を重視する傾向にあるのだから尚更だ。
だが、北上には勝算があった。
「そうです。しかし、日本ではこのような艦艇の建造はあまり例が無いはずです。特に凡用性を高めたことは、これまでに無いことだと思います。また、生存率を上げるために機関の配置もシフト配置にしました。これなら片側の機関室がやられても,もう一方の機関室で動けるはずです」
元来、日本の艦艇は防御設計やダメージコントロールの面で他国に劣っていた。そう考えると、この駆逐艦はかなり先進的と言えた。
「生存性も量産性も、汎用性も帝国海軍が使用している艦艇とは比べ物にならないほど高い艦になります。今は必要とされなくても、将来必要とされる存在となるはずです。社長!」
白根はこの艦の実現性や実用について、頭の中でしばらく考えていたが、ついに決断した。
「わかった。君の設計案を採用しよう」
そう彼が言うと、北上の表情がこれ以上にないくらい満足な物となった。
「ありがとうございます」
「ああ。ところで、この艦は具体的な武装について書かれていないが?」
「それは現状では、搭載する武器の重量が分からないからです。ただ、概算では5インチ程度の小口径砲を2~3門。それに三連装か連装の魚雷発射管を1基積みたいと考えています。他にも機銃などを考えていますが、どっちにしろ現状どんな武装を塔載可能出来るか未知数なので」
建造するのは駆逐艦だが、民間会社の艦として建造するため、当然民間船舶となる。軍制式の武器が搭載出来るかはわからない。それどころか、武器を塔載出来るかすら未知数であった。
「なるほど。よろしい、細部の計算などを行い設計を詰めてくれ。それが出来次第、材料の発注と建造計画を練るぞ」
「わかりました社長」
こうして、建造は本格的に始まることとなる。
御意見・御感想お待ちしています。