世渡り上手は君子だけ 其の八
追っている内にどこかの神社の境内にたどり着いた。足を止めると旦那は周囲を見回して絶句する。
「ここって付喪神供養で有名な神社じゃねぇか‼」
「…類は友を呼ぶですかねぇ…」
同じ付喪神同士、何か通じるものがあったんだろう。
…あれ?そういやここって…
ふと思い出していると、あちこちから人形がやって来て一つの塊になった。
「「……」」
…そういやここって人形供養でも有名なんだよな…
本体の姿は見えないけど、仲間に呼びかけているようで次々とオレ達の周りに集まってくる。神社らしくお守りや破魔矢もあるけど、人形が圧倒的に多い。
…マズイ、もろに旦那のトラウマが…
振り返ると、頭痛に襲われたように頭に手をやっていたが、旦那はユラリと頭を上げる。
「…なめんな」
いつも口元に笑みを浮かべて飄々としている旦那が、いつになく苛立ったように険しい顔をしている。
「男はな、トラウマ抱えてのたうち回ってでも生きるもんだ‼」
その言葉に旦那の覚悟とか信念を感じてオレは意外に思った。
いや、旦那はいつものらりくらりとしているけど、決していい加減なわけでも優柔不断なわけでもない。
…旦那にも何か辛い思い出や失ったものがあるんだろうか…
そう思っていると、旦那は付喪神達に背を向けて走り去る。
「っちょ、旦那‼」
見直した途端にこれだ。この流れでオレを置いて逃げるとは思いたくない。…けど、旦那ならやりかねないから不安だ。
あわてて後を追うと、旦那は参道から上る階段を一気に飛び降りた。
「旦那‼」
流石に真似できないから、階段の上で足を止める。旦那は勢いのまま高下駄で参道を滑ると、参道の真ん中をこっちに向かって走って来る。
参道の真ん中は正中といって神様が通る道だ。だからお参りの時は端を通るんだが…
正中を走っていた旦那は階段の手前で急に宙に浮いた。仙人じゃあるまいし旦那が空を飛べるわけもない。
…きっと神様に乗ったんだろうな…
旦那は以前にも同じようなことをやってのけたことがある。説明はされなかったものの、後日旦那に言われて社に礼の品を奉納したんでそう思ってる。
そのまま見送っていると、集合体にぶつけて自分は飛び降りた。
「…何つー罰当たりな…」
旦那らしいといえばらしいんだけどさ。
神様をぶつけられて、集合体はバラバラになった。お守りとかは力を失ったのか地面に落ちたままだけど、人の形をとったのが前に出てきた。
「…おお、中ボスか」
「さらにこの上が⁉」
ザッと見ただけでも、破魔弓に破魔矢を番えてこっちを狙っているものや、お面から何か黒いのが伸びて人の形をとったものがいた。
お面は般若、鬼、翁、おかめ、天狗とあった。
…よくもまあこんなに揃ったもんだ。狐面に獅子頭まである。
「危ねぇっ‼」
旦那に突き飛ばされて横に倒れたオレの上をかすめるように矢が飛んでいった。
「…うわぁ…」
「…士郎、起きろ。まだ来るぞ」
旦那に言われてあわてて起き上がると、大黒天に、布袋とか恵比須まで出てきた。壊れた置物でもあったんだろうか?
…けど、本当に毘沙門天とかが出てこなくて良かった。同じ七福神でも、この辺りは見た目も優しそうだし、そうそう…
内心ほっとしていると、大黒天は打ち出の小槌を地面に叩き付け、布袋は肩に背負った袋を振り回し始めた。
「何でああもやる気満々なの⁉」
「…意外と俊敏だな…」
「変な所で感心しないでください‼」
顎に手をやって呟く旦那に振り向きざまにツッコむ。
大黒天の袋は福袋で、布袋の袋は気の長い寛容の精神の詰まった堪忍袋だって聞いていたけど…どこが?
ちなみに恵比須は左手に抱えた活きのいい鯛に翻弄されている。
本当に何なの?
呆然とする目の前で羽子板が勝手につき合っていて、武者飾りの金太郎や若武者が走り回ったりチャンバラしたりしていて、こいのぼりやバラバラになった千羽鶴が空を舞う。その下ではダルマがピョンピョン飛び跳ねている。かと思いきや、お面や破魔矢は依然こちらを睨んだままだ。
「…何でこうも牧歌的な物と攻撃的な物とに分かれるんですかね…」
「羽子板なんかは散々子供に楽しんでもらえて満足したんだろう。…まあ、前の持ち主の扱いにもよるみたいだがな」
うん。大黒天や布袋なんかは縁起物として大事にされるはずなんだが、どうしてこうも怒っているんだろうか…
「大方、家族や孫あたりが『変な顔』だの『気味が悪い』とでも言ったんだろう」
図星だったのか二体とも更に暴れる。大黒天が振るう小槌で地震みたいに足元が揺れて、布袋の袋から何かが飛び散ってきた。
…そういや布袋の袋の中には人々から喜捨されたものが入っているって説もあったな…
「与えられりゃ禁じられている肉や魚も食ったって言うが、寛容と言うべきか、節操がないと言うべきか」
「…旦那、やめてあげてください。涙目になってますよ?」
もっと言ってやれとも思うけど、見ていて気の毒すぎる。
「…あーもう面倒臭ぇ」
旦那は頭を掻くと突っ込んで行った。破魔弓から一斉に破魔矢を放たれても怯まずに走る。
「旦那‼」
矢が全て放たれてから旦那は言い切る。
「すり傷、かすり傷は大したことねぇ‼骨さえ守りゃ戦える‼」
「旦那のそれはすり傷どころじゃありません‼」
上手く避けてたけど、着物が裂かれてあちこち血だらけだ。
いくら旦那でも向かってくるモノ全てに一度にお札を投げられるわけないし、そもそもさっきので利かないことがわかっている。
それでも旦那は退かない。
「全く。見てられんな」
声がした方からいきなり光で照らされた。
あまりの眩しさに手を翳した上でも目を細めると、光り輝く先に祖父ちゃんの姿があった。かつてと変わらない柔和で暖かな笑みに、身に纏った穏やかな包み込むような空気。間違いなく祖父ちゃんだ。
「祖父ちゃ…」
周りでカランカランと何か物が落ちる音が次々とした。
手を伸ばしても次第に光が弱まると祖父ちゃんの姿が薄れていき、遂には消えてしまった。さっきまで祖父ちゃんのいた場所にあるのは冷たく薄暗い境内の石畳だけだ。
「…祖父ちゃん…」
オレは力が抜けてへたりこんだ。
光が放たれた方を向いて旦那は片目をすがめる。
「…成程な。見た者が望む物が現れるその鏡で、全員満足して刃向かわなくなったってことか」
周囲にはもう付喪神はいなくて、古ぼけた道具があるだけだった。
呆然として目元に涙を滲ませたオレを見て、旦那は腕組みをしたまま深々とため息をついた。
「…酷なことを…」
オレの側に来ると、オレの頭にポンと手を置いて顔を覗き込んで、優しい声をかけてくれた。
「士郎。大丈夫か?」
「……祖父ちゃん……」
さめざめと泣くオレを見て力が抜けているのがわかってか、旦那はオレをいつぞやとは違って両手で抱き上げた。その優しさに甘えたくなってオレは旦那の胸に顔を押しつけて泣いた。
「後片付けはお前のお仲間に頼めるな?」
旦那は頭だけ振り返ってそう言うと、立ち去った。神社の周りの森や茂みからカササとかき分けるような音がするけど、姿は見えない。
「ありゃ使い魔だ。この前お前が雪藤の屋敷から帰る時にも付けられていた」
そんなこと気づかなかった。
「血相を変えて駆け込んで来たのも使い魔にお前が倒れたと教えられたからだ」
……ああ……この前の手か……夢じゃなかったんだな……
「もう寝ちまえ。そんで、また辛い思いを胸に秘めろ」
オレはコクリと頷いて目を閉じた。泣き疲れたのかすぐに眠気が襲ってきた。旦那の「大きくなりやがって」という言葉を最後にオレは眠りに落ちた。