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世渡り上手は君子だけ  作者: 秋豊
5/9

世渡り上手は君子だけ 其の五

「旦那…大丈夫なんですかね?」

「……」

「旦那~」

「ああもう、うるさい‼とっととそれ調べろ‼」

 今日も朝からオレと旦那は書斎で顔を突き合せて片っ端から過去の事件を調べていく。

 矢立の中身を逃がしてから調べたんだが、あの矢立が起こした事件が未遂だけでも二ケタあった。

 旦那はイライラしたように時折頭を掻きむしる。

 旦那はこう見えて本好きだからよく書斎に籠っているが、今回ばかりは気が急いているらしい。

「…しかし、やっぱり付喪神ですか…」

 付喪神というのは長い間使われた道具に魂が宿ったものだ。

 平安時代の書物の『付喪神記』の冒頭にはこうある。


陰陽雑記に云ふ。器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす、これを付喪神と云へり


「…付喪神か…」

 そう言う旦那はどことなく暗い。

「…何か、あったんですか?」

「…昔親父に人形屋敷に連れて行かれてな」

 …人形か…祖父ちゃんの家に市松人形があったけど、あれは怖かった。しかも廊下に飾っていたから、夜中にトイレに行くにはそこを通るしかなかった。何度祖父ちゃんを起こしたことか…

 オレが人形にまつわるエピソードを思い出していると、旦那は話を続ける。怪談に打ってつけの抑揚のない淡々とした話し方だ。夏になると夏の間に使う〝りょうの間〟で百物語をするんだが、この声で何回妖怪変化を呼んだことか。

 その声で旦那は自分の過去の怪奇談を語っていく。

「その人形屋敷ってのはな、夜中に誰もいないはずなのに話し声がする、弄ってないのに人形の配置が変わる、障子や窓が勝手に開け閉めするとかの怪奇現象がてんこ盛りでな。しかも人形の数が多い分、集まった念も一入(ひとしお)でな。……親父に鉢が回ったんだ」


 お父さんも旦那と同じく〝相談屋〟をしていたそうだ。

ただ、旦那と違って仕事は全て自分でし、遠出する時は必ず小さかった旦那の手を引いて行ったらしい。だから旦那はそういった不思議な話には事欠かない少年時代を過ごしたらしい。

それにそうでなくとも旦那なら首を突っ込んだだろうし、引き寄せただろう。旦那にはそうした治において乱を求める英雄豪傑気質がある。


「…子供に遊んでもらえれば成仏するだろうとのことでな。オレは一人でその屋敷に放り込まれた」

 そう言って旦那は遠い目をする。

 …こんな旦那は初めて見た。過去は過去だと割り切るのが旦那だろうに…

「…まず、玄関を開けると、ズラリと並んだ人形がこっちを向いてんだ」

 …あれ?想像したら何か寒気がしてきた。人形の無機質な目を向けられるとゾッとするものがある。なのにドアを開けた瞬間に人形達に一斉に注目されたらもう…

「…左右の棚に三列ずつ並んだ人形が全部だ。しかも薄暗い中で光を反射して目が爛々と輝いてんだよ日本人形もフランス人形も‼」

「…それでどうしたんです?」

「…泣いて逃げ出したら、親父に怒鳴られてまた叩き込まれた。そして鍵を締められた」

 …旦那のお父さんも中々に無茶苦茶な人だな

 

 旦那の無茶の基準がおかしいのはお父さんのせいかもしれない。…でも、旦那が良心的に思えるなんてどんだけ無茶苦茶なのだろうか。

 旦那は即断即決に見えて熟慮断行だが、お父さんはそもそも遅疑(ちぎ)逡巡(しゅんじゅん)(疑い迷って、中々決断を下さないこと)しない人だったらしい。

 

 オレが古屋父子の分析をしていると、旦那は頭を抱えて続ける。

 …夢に出そうだからそろそろ止めて欲しいな

 オレの脳裏にはもう明確にその時の状況が思い描かれてしまっている。これから先どうなるかとか想像もしたくないのに、旦那は続ける。

「…閉じ込められてると、『私メリーよ。十歳の女の子なの』とか、『桜子です。殿方と一緒は恥ずかしいです』とか聞こえてくんだよ‼」

 …人の顔を持つ物ほど付喪神になりやすいっていうけど、人形とかモロにそうだからな………そういや祖母ちゃんがよく話しかけていたけど、あの市松人形も付喪神だったんじゃ…

 

 祖母ちゃんは子供時代からその市松人形を大層可愛がっていたそうだ。だからその人形と一緒に祖父ちゃんに嫁いだとか。祖母ちゃんは物を大切にする人で、さすがに長い年月で塗料は剥げていたものの、日焼けしたり、壊れたりはしていなくて綺麗なものだった。あれだけ大事にされていたら命が吹き込まれていてもおかしくない。


「それでも何とか奥に向かって行くと、最後に…」

「…最後に?」

「…等身大の人形が走って来た」

「ええ⁉」

「…つい殴り飛ばしちまって、今度は悲鳴と泣き言と恨みつらみの嵐に…」

 …そんだけ大量ならさぞかし怖かったろう。ってか、つい、で殴り飛ばすって…いくつだったか知らないけど小っちゃくても旦那は旦那だな。普通の子供だったらダッシュで逃げるか腰が抜ける。最悪失禁か気絶だ。

「…部屋の隅で縮こまって泣きじゃくってたらその人形が『いい子いい子』ってオレの頭を撫でたり、抱きしめたりしてきて、成仏した」

「自己満足ですかね」

 …一応目論見通りにはなったのか。良かった。それで成仏しなかったら旦那が報われな過ぎる。

「それからしばらくオレは抜け殻になった」

「…そりゃなるでしょうね」

 取り返しのつかないトラウマだな。黙っていても怖い人形が大量にある屋敷に閉じ込められ、おまけに恨みつらみを口々に言い、そして等身大の人形が突進してきて構われる。もうお腹一杯ですから勘弁してくださいと平に謝りたくなる。

 だがお父さんにはそんな息子を労わる尋常さは皆無だったらしい。いや、話を聞く限りは旦那以上に不器用でぶっきらぼうな人だったらしいから、よかれとしたことだったんだろうが。

傷ついた息子に対する旦那のお父さんの対応はこうだった。

「そして親父はそんなオレを今度はこけし屋敷に投入した」

「何で⁉」

 荒療治にも程がある。それに見ようによってはこけしの方が怖い。

 お父さん、一回自分の判断を考え直してください。オレに『逃げるな』と言った祖父ちゃんも『人生、時には立ち止まり振り返ることも大切だ』と言ってましたよ?

 しばらく頭を抱えてから旦那は立ち上がる。

「えーい、このままじゃらちが明かねぇ。知り合いの所に行くからお前はここでもうちょっと調べてろ」

「いや、オレのせいでもあるから行きますよ」

 負けじとオレも立つ。旦那は面倒臭そうに頭を掻く。言いたいことがあるんだろうが、オレを言い聞かせる時間も惜しいのかあっさりと引いた。

「…ったく。わかった、行くぞ。お前のしょう…一張羅を持ってこい」

「…今、勝負服って言いかけませんでした?どこに行く気です?」

「つべこべ言うな。置いてくぞ」

 旦那といて勝負服を着て来いと言われたのはこれで何度目だろうか。

 一張羅なら正月用の紋付き袴があるし、スーツもある。だが、勝負服にはどちらもふさわしくないだろう。

 それに今まで勝負服を着て行った先が賭場だとか地上げ屋だとかで、必ず荒事が起こったから綺麗なだけの服は役に立たないし、着ていくべきじゃない。

 旦那に合わせて和服がいいんだろうが、よそ行きの着物なんかそうそう持ってないし…

 自分の部屋でオレが所持している二着の着物を床に広げて唸っていると、旦那が顔を出した。

「まだか?」

 旦那は糊の利いた濃い藍色の着流しに黒の羽織を肩にかけている。半襟はねずみ色だ。

旦那はオレの様子を見てまた引っ込んだ。戻って来ると、手に持った萌葱色の着物を差し出してきた。

「オレが昔着ていた物だ。」

「ありがとうございます」

 着物を緩みなく着て、同色の羽織を羽織り、羽織紐もきちんと締める。

「よし、行くか。色街(いいとこ)に」

「そっちの勝負服ですか‼」

 腕組みをした旦那に突っ込むと旦那はオレに提灯を渡しながらニイと笑う。

「心配すんな。今日は別件だ。…興味があればまた今度な」

 オレはため息をついてから、大店の若旦那の付き人よろしく旦那の足元を照らす。


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