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世渡り上手は君子だけ  作者: 秋豊
4/9

世渡り上手は君子だけ 其の四

 入り組んだ通りを十字路に差し掛かる度に右に左に曲がり、旦那の家までの道半ばに来た。

 ここまで来れば安心だ。オレは方向音痴ではないが、やはり行き慣れていない道には不安になる。見知った道が近くなったせいで浮かれていて異変に気づかなかった。

 

 異変にやっと気づいたのは目が霞みはじめた時だった。

あれ?と思って目をこすってみると、今度は足元までおぼつかなくなってきた。酔っ払っているみたいにフラフラしながら歩いていて、『成程、これが千鳥足か』と思うのも束の間、力が抜けて崩れるように倒れた。

 倒れ伏した目の前の地面に影が映って、オレは何者かに懐から矢立を抜き取られた。どうしてかわからないが、直感でマズイと思った。それなのに力が入らなくて指一本動かせない。『動け‼』と体に言い聞かせようにも頭がぼんやりとして意識も朦朧としていた。『…あ…こりゃ駄目かも』と思った時だ。


「その位にしときな」


 旦那の声と共に目の前に素足に高下駄を履いた足が見えた。多分旦那がオレと影の主の間に入ったんだろう。

 何とか首を動かして前を見ると、影の主がたじろいだみたいで、影が動いた。それに構わずに旦那は名乗る。

「オレは十二代目〝境界人(きょうかいにん)〟古屋龍介だ。覚悟してもらおうか」

 旦那がザリ、と一歩踏み込むとカラン、と音がした。

「あ、待て‼」

 旦那は珍しくあわてた声をあげてから深くため息をついた。それからしゃがんで地に残された矢立を袂に入れるとオレを肩に担いだ。

「…えっと…もしかして…」

「…逃がした」

「じゃ、早く…う…」

 急に眩暈がして頭が重くなった。本当にオレはどうしたんだ。

「オイ、大丈夫か?」

「…大丈夫に見えます?」

「見えねーな」

 旦那はオレを担いだまま、しっかりとした足取りで歩く。珍しく旦那が案じてあれこれ聞いてくるが、今はそれよりも確かめたいことがある。

「旦那。それは一体どんな曰くつきの代物なんですか?」

「ん?これか?」

 旦那は口元で笑うだけで言う気は無かったようだが、しつこく聞くオレに根負けしてか教えてくれた。

「…お前も知っての通り、矢立ってのは墨壺に墨を沁み込ませた綿を入れてて、どこでも使えるようにしてある」

「ええ。旅先で俳句とかを書き止めるんでしょ?」

「…実はな、その昔綿が乾いた上に墨が無くなった時に、そこらに転がってた死体から抜き取った血を使った奴がいたらしい」

「はぁ⁉」

「おまけに『器物百年を経て付喪神となる』という位でな、古い物には魂が宿る。矢立(そいつ)は手にした者の血を奪うようになっちまったんだよ」

「ああ、それで」

 オレは妙に納得した。さっきは血を抜かれて貧血になったみたいだ。

「悪かったな。昼日中にオレが出向くわけにはいかなかった」

「…それは…何で…」

 オレは気を失った。そのはずなのに旦那の言った言葉が耳に残った。


「オレは人の世から外れちまったからだよ」



 気が付いたらオレは横たわっていた。でも、体が重くて目も開けられない。戸惑っていると、急に額に温かいものを感じた。それは大きくて節榑ふしくれ立った武骨な手だった。

 確かめなくても旦那の手だとわかった。

 引き取られてばかりの頃、オレが寝込むと看病してくれてたからだ。母さんは額を合わせて熱を測ったが、旦那はこうして額に手をやって測る。だから旦那の手の大きさも、掌にある肉刺まめも知っている。オレだって日々学生鞄を持つから手に肉刺はあるが、旦那とは比べようがない。

「…見事に当てられたな」

 旦那は深くため息をつく。

 何だ。いつも無茶苦茶していても、人知れず反省してたのか。

 オレが感慨にふけっていると、玄関からあわただしい音がして旦那は立ち去って行った。

「どうした?」

「…士郎君が倒れたって…」

「…様子を見させていたのか?大事は無いから安心しろ」

 相手の声に聞き覚えがあって、思い出そうとしていると、今度はヒヤリと冷たい手が頬に添えられた。旦那に比べれば指先が細くて小さな手だけど、華奢じゃない。手に厚い肉刺があって、長年竹刀を握って来た手のようだった。旦那と同じだ。

 旦那と相手がまだ何かを話すのを聞きながらオレは再び眠りに落ちた。



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