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世渡り上手は君子だけ  作者: 秋豊
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世渡り上手は君子だけ 其の二

「ふう」

 オレは本を積み上げて一息ついた。

いつものように旦那が読み漁って散らかした本をひとまとめにしてやっと畳が見えた。

 ここまでが一苦労だ。何しろ旦那は読んだ端からその辺りに放っておく。一人暮らしが長かったから整理整頓がからきしというわけじゃないんだが、小まめに片付ける人じゃない。いつか気が向いた時にでもやってくれるんだろうが、オレが気になるし、掃除の邪魔だ。

「よっし」

 箒を手に掃除をしようとして声が聞こえてきた。

「士郎~」

「……」

「オ~イ、士郎~」

「……」

 素知らぬ顔をするか、すぐに返事をするかしばらく迷ってからオレはため息をつきつつ箒を棚に立てかけた。そして部屋を出て見当の方向へ歩き出す。

「オ~イ士郎、士郎~」

 旦那の声がまた聞こえてオレは思わず顔をしかめた。

 こうして何度も大声で呼ばれる時は大抵厄介事を押しつけられる。それでも無視するわけにはいかず、オレは走り出す。

 

 何しろこの屋敷はかなり広くて、特に一階は部屋数が多い。だから歩いてたんじゃ旦那が痺れを切らす前にたどり着けない。

 …というか、どう考えても一階と二階で面積が違う気がする。

 二階は四つの部屋に分かれていて、旦那は季節ごとに使い分けている。

 今さっきオレがいた〝月見の間〟は秋の間に使う部屋で、窓から外を眺めると一面にススキ野原が、遠くに目を向けると連なる山々には色とりどりに紅葉が見える。

 そんな〝月見の間〟はパッと見は小ざっぱりとしているが、実は壁一面に隠し本棚がある。何でも秋は月見だからゴチャゴチャしないように、でも読書の秋だから本が読みたくてこうしたそうだ。

 他の部屋については大した仕掛けも聞いていないけど、旦那のことだからきっと隠し部屋の一つや二つあるに違いない。


「士郎―‼」

「はーい‼」

 オレは書斎に駆け込んで怒鳴った。

「おう、早かったな」

 そう言って旦那はニヤリと笑った。


 このオレ仁野士郎が旦那と暮らし始めて二年になる。

 祖父ちゃんの葬式の中で再会して、オレは旦那の手を取った。あわてた母方の親戚達も、式の途中なので騒ぐわけにいかないし、旦那は気にせずそれからオレの側にいてくれた。

 葬式の後にお決まりの誰がオレを引き取るか、という話になった。そうなったらさすがに部外者である旦那が同席するのに渋ったけど、オレはひっしと旦那にしがみついた。旦那もこうなったら渡りに船だと苦笑した。

 こういった時は誰も引き取りたがらずに施設にでも送られるのが定番だろうが、オレはそうはならなかった。どうしてかというと、知らなかったけど父方は地方に広大な土地や山を所有していて、オレに残された資産は莫大なものだったらしい。そして養子として引き取ったら成人するまで養い親が財産を管理する。親戚を悪く言いたくないが、みんなオレの財産に目が眩んでこぞって引き取りたがった。

 誰がオレを引き取るか揉めに揉めて、見かねた旦那がオレを引き取ると言ってくれた。もちろん血の繋がりもない旦那が引き取ることに文句が殺到したし、大騒ぎになった。親戚達の形相や舌鋒に恐怖したオレは旦那にしがみついて、旦那もオレを抱き寄せてくれた。そのおかげでオレは落ち着いた。

 騒ぎを見かねた葬式を行っていた寺の住職さんが場を執り成し、猶予期間を置くことになった。


 結局揉めた原因の父方の土地も旦那が何とかしてくれて、それからオレは旦那の家で居候をしつつ、下働きをしている。


 旦那はまだ二十代前半のはずなのに思わず〝旦那〟と呼びたくなる程貫録がある。いつも着流しで肩に羽織をかけていて、これで煙管でもくわえてりゃ様になるんだが、旦那は酒はやっても煙草はしない。ただ博打はするから立派な遊び人だ。


「ところで、だ。士郎。一つ頼まれてくれないか?」

「…内容によります」

 旦那は少々呆気にとられてから面白そうにニヤリと笑う。

「しっかりしてきたなぁ~。なぁに、今回は(・・・)まともなことだよ」


 そう、旦那のお使いはいつも変なことばかりだ。

 

 ある時は山に埋めて来いって渡された物を運んでいると髪を振り乱した着物の女の人に追いかけられたり、またある時は姿が見えないのにお客をもてなしたりと枚挙にいとまが無い。

 

 だから旦那はああ言っているけど、今回も変に決まっている。


「…それで?オレは何をすればいいんですか?」

「ん?ああ、依頼人がオレに見てもらいたいもんがあるらしいが、自分では持って来たくないらしくてな。こっちから出向くことにした」

「…それだけですか?ならやりますよ」

 いつになくまともな内容にオレは拍子抜けした。そして旦那に先方の住所を聞いて向かうことにした。


 旦那は〝相談屋〟をしている。色々とワケありの人がワケありの物や用件を携えて旦那の所にやってくる。

 一応オレも旦那の後ろに控えて様子を見ている。オレにやらせることがほとんどだが、たまには自分が手を下す。でもその時は「留守番だ」と言って連れて行ってもらえない。


 本当に今回のお使いはまともだ。いつもは多かれ少なかれ首を捻るし、ゾッとしない思いをすることになる。

 とはいえお使いを任されるようになったきっかけはオレだから文句を言えない。

 〝相談屋〟なんて見るからに怪しげな商売を掲げ、いい加減極まりない態度をし、尚且つあちこちふらふらしている旦那だが評判らしく、日本各地から依頼される。そのために依頼主の元に行くことも、調査や仕事の為に家を留守にすることがままある。

 そんな旦那もオレを引き取ってばかりの頃は茫然自失のオレを気遣ってかあまり遠くに行かないようにしていたんだが、ある日どうしても遠出しないといけなくなった。そこで旦那はオレに留守番するように言ったんだが、一人きりにされたくなかったオレは旦那について行った。

 …そして確か釧路の湖の主に会いに行ったんだよな…

 

 旦那はいつもこそ軽くあしらうが、時には真摯に対応してくれる。あの頃のオレの不安や弱さを受け止めてくれたからこそ、こうしてオレは立ち直ることができた。

 …そのことには深く感謝しているんだが…被るとばっちりが多すぎて釈然としない。


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