1、先輩の、ばか。
みちのくのしのぶもぢ摺り誰ゆゑに みだれそめにし我ならなくに
ー陸奥の忍の里のもじ摺りのその乱れ模様、それと同じに乱れ乱れる私の心。あなたのほかの誰のためにかくも乱れるというのか。すべてあなたのためではないか。
私は今、美術予備校で一浪している。専攻は彫刻。目指すは上野にある某芸大。季節は夏、夏期講習で受験戦争真っ只中。この夏でいろんなことに挑戦してたくさんのことを吸収して秋にどれだけ技術を高められるかが勝負になる。すなわち夏とは基礎固めの大事な時期なのだ。
「……」
ー集中、集中…私、集中しろ…
今私が描いているのはガッタメラータという石膏像。石膏像というのは美術室によくある白い像だ。そいつを木炭とパンを使って描く。
「……っ」
ー集中出来へん…!隣が気になる…。
隣に座る上手い人。私のよく知るあの人。
ー何で…っ、何で隣が元彼やねん…っ!
隣の席で描いている二浪の背が高いくせに猫背のせいで低くみえるこのやろうは私の元彼氏。そして現在気まずい。
ー久しぶりにこんなに近づいたな…。…相変わらずイケメンなことで。
少し前まで眼鏡だったのにコンタクトに変えたせいでイケメンに磨きがかかっている。心なしかいい香りがする気もする。
……?不思議な動作が視界の端にうつった…。
なにこいつ…デスケルで形とるとき角度変わらないようにかしらんけどキスしとる…。
ーくそう、可愛いやんけこのやろう…!
デッサン中なのにニヤケそうになった。
いろんな意味で精神が不安低になる要因だ。
ーすべての始まりは去年の夏。この人に出会わなければこんなつらい気持ちもしらなかった。この人に出会わなければこんなに傷付くこともなかった。先輩の、ばか。