無限大ぶんの1の確率
この詩は震災の時に私が自分の日記に書いていたものです。
ぜひ読んで下さいね。
この世界の人間は皆
無限大ぶんの1の確率で生まれて来た。
町で見かけた人々をずっとずっと覚えていることは出来ない。
みんなみんな覚えられない。
悲しいことに、
人間はそんな心を持ってはいないの。
どうして?
神様はどうして人にこういう心を与えてくれたのでしょう。
でも、ずっとずっと覚えていたら、終わりが悲しくなるからかも知れないね。
人はそれだからいいのかもしれない。
だから、無限大ぶんの1の確率を大切にできるんだよ。
みんなみんな無限大ぶんの1の確率で生まれて、生きて、死んでいく。
もしも、今まで出会った人全員を覚えられる頭を持っていたならば、
この世界の誰かが死ぬたびに泣いて、涙はこの世界をぬらしていくことでしょう。
そして、毎日毎日泣いているから
悲しみが毎日毎日あるから
悲しみで枯れ果てたこの世界は喜びを欲しがり、喜びを求めていくことでしょう。
神様はどうして“死”は悲しいというように作ったのですか?
神様は人間をもっと平等で、何があっても打ち勝てるように作ることはできたはずなのに…
私の心に、悲しみの海ができた。
世界中の涙がここに集まって…
ありがとうございました!この詩を読んで共感していただけると幸いです。感想をお聞かせくださいね。
また他にも詩を多く書いてますので、ぜひご覧下さいね♪