崩壊
朝。
教室。
いつも通り。
――のはずだった。
「……少ない」
口に出る。
人数が、合ってない。
でも。
誰も気にしていない。
「おはよー」
声。
結衣。
席に座る。
いつも通り。
「……なあ」
「ん?」
「今日、誰か休んでるか?」
結衣は少し考えて、首を振る。
「ううん、全員いるよ」
即答。
「……そうか」
違う。
絶対に、違う。
でも。
証明できない。
黒板を見る。
何も書かれていない。
なのに。
“ある”。
『暫定状態:維持』
見えている。
はっきりと。
「……動いてるな」
小さく呟く。
先送りは、止まっていない。
ただ、積み上がっている。
⸻
授業中。
ノートを取る。
ペンが、止まる。
「……何ページだ」
分からない。
さっきまで書いていたはずなのに。
ページが飛んでいる。
周りを見る。
誰も気にしていない。
普通に進んでいる。
「……ズレてる」
小さく言う。
時間が、繋がってない。
連続していない。
飛んでいる。
「れん?」
結衣。
横から覗き込む。
「大丈夫?」
「ああ」
即答。
でも。
大丈夫じゃない。
結衣は少しだけ黙る。
それから。
「……そっか」
それ以上は聞かない。
聞けない。
⸻
放課後。
廊下。
人が歩いている。
でも。
「……同じだ」
同じ顔。
同じ動き。
同じ会話。
繰り返している。
少しだけズレながら。
「なんだよ、これ」
目をこする。
戻らない。
現実だ。
黒板のせいだ。
先送りした“答え”が。
今、歪んで出ている。
⸻
階段。
一人、すれ違う。
知らない顔。
でも。
見覚えがある。
「……誰だよ」
振り向く。
いない。
最初から、いなかったみたいに。
「……くそ」
確定していない。
だから、存在も曖昧になる。
⸻
教室に戻る。
結衣がいる。
窓際。
外を見ている。
「……おかしいだろ」
近づく。
結衣は振り向く。
少しだけ笑う。
「うん」
あっさり。
否定しない。
「おかしいね」
軽く言う。
でも。
その目は、静かだ。
「……分かってたのか」
「なんとなく」
曖昧に返す。
でも。
知っている。
「これさ」
結衣が黒板を見る。
何もない場所を。
「止まってないよね」
核心。
「ああ」
短く答える。
「先送りしただけだ」
結衣はうなずく。
納得したみたいに。
「じゃあさ」
一歩、近づく。
距離が近い。
「どうするの?」
逃げ場がない。
「……決める」
答える。
迷いはない。
「全部、残す」
結衣は少し黙る。
それから。
小さく笑う。
「そっか」
それだけ。
でも。
どこか、安心している。
⸻
その瞬間。
世界が、歪む。
音が、ズレる。
光が、遅れる。
「……来たな」
黒板が、浮かぶ。
『暫定状態:限界』
下に、一行。
『最終判定:開始』
空気が、変わる。
重くなる。
逃げ場が、消える。
「……今かよ」
チョークを握る。
まだ、書ける。
でも。
間に合うかは、分からない。
「れん」
結衣の声。
振り向く。
すぐ近く。
手が届く距離。
「時間、ないね」
静かに言う。
「ああ」
うなずく。
分かってる。
ここで決まる。
全部。
「ねえ」
一歩、近づく。
結衣の顔が、近い。
まっすぐ、見る。
逃げられない。
「もしさ」
一瞬だけ、間。
「どっちかしか残らなかったら」
心臓が止まる。
「……やめろ」
言わせない。
でも。
結衣は止まらない。
「どっち選ぶ?」
静かに。
でも、逃げ場なく。
突きつける。
「……選ばねえ」
即答。
「両方残す」
結衣は少しだけ笑う。
困ったみたいに。
でも。
どこか嬉しそうに。
「うん」
それだけ。
否定しない。
ただ。
受け入れる。
「じゃあさ」
ほんの少し、声が柔らかくなる。
「ちゃんと、終わらせてね」
まえと同じ。
でも、今は違う。
“最後”の意味だ。
「……ああ」
答える。
短く。
でも、重く。
黒板を見る。
向こう側。
観測者。
全部。
まとめて。
「終わらせる」
言い切る。
その瞬間。
世界が、崩れる。
音が消える。
光が割れる。
形が、ほどける。
教室が、消える。
結衣が、消えかける。
「……待て」
手を伸ばす。
届く。
掴む。
まだ、いる。
「離すなよ」
低く言う。
結衣は少しだけ笑う。
「うん」
短く。
それだけ。
でも。
分かってる。
もう。
限界だ。
黒板が、最後に浮かぶ。
『最終試行』
すべてが、止まる。
音も。
光も。
時間も。
完全な静寂。
「……ここか」
チョークを握る。
最後の一回。
これで全部決まる。
結衣を残すか。
世界を残すか。
「……選べるかよ」
吐き捨てる。
でも。
逃げない。
ここまで来たら。
やることは、一つだ。
「――全部、残す」
黒板に向かう。
チョークを当てる。
書く。




