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月に透ける君と語らう  作者: 輝久実


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5/6

二人で過ごす静かな時間

学校から戻った蒼生の部屋。夜の静寂が、二人の間に漂う張り詰めた空気を、少しずつ穏やかなものへと変えていきました。


さっきまでの激しい感情のぶつかり合いが嘘のように、二人はただ静かに、月明かりの差し込む部屋で過ごしています。


蒼生はベッドの横に座り込み、尊はいつものようにベッドの端に腰を下ろしていた。


部屋の電気は消している。今は、月光に照らされた彼女の淡い輪郭だけを、ただ見つめていたかった。


「……ねえ、蒼生。お腹空かない? ずっと何も食べてないでしょ」


尊が静かに口を開いた。その声は、昼間の泣きじゃくっていた時とは違い、どこか遠くへ旅立つ準備を整えたような、透き通った響きを持っていた。


「……別に。腹なんて空かねえよ」


「嘘ばっかり。お腹の虫、鳴きそうなくらいの顔してるくせに」


尊はふふっと小さく笑った。その笑顔は、中学の頃、部活帰りに一緒に買い食いをした時と何も変わらない。


彼女は、自分の本体が眠る病院の方角をふと見つめ、それから蒼生の方へ向き直った。


「……蒼生。私さ、あの喧嘩のとき、本当は何を言おうとしたか、覚えてる?」


蒼生はドキリとして、尊を見上げた。


あの日。夕暮れの交差点。


「お前みたいなガサツな女、こっちから願い下げだ!」


そう言い放った蒼生に対して、尊は何かを言いかけて、けれどそれを飲み込んで走り去ったのだ。


「……いや。お前、何か言おうとして、やめたよな」


「うん。……本当はね、『そうだよ、ガサツだよ。だから、あんたみたいな不器用な奴と一緒にいてあげられるのは、私しかいないんでしょ』って……そう言おうとしたの」


尊は膝を抱え、小さく丸まった。


「生意気だよね。でも、本当にそう思ってたんだ。……世界中で、一番あんたを分かってるのは私だって。これからもずっと、私が隣にいてあげるんだって」


「……ああ。そうだな。お前がいなきゃ、俺はダメなんだ。……さっきも言っただろ。お前以外、俺の隣は空いてねえんだよ」


蒼生が言葉を繋ぐと、尊は嬉しそうに、けれど切なそうに目を細めた。


「ねえ、蒼生。少しだけ、目を閉じて」


言われるがままに蒼生が目を閉じると、微かに、本当に微かに、頬のあたりが冷たくなったような気がした。


尊が、至近距離まで顔を近づけている。


「……もし、私が目を覚ましたら」


彼女の吐息のような囁きが耳に届く。


「ちゃんと、触ってね。……喧嘩じゃなくて、ちゃんとした手のつなぎ方、教えてね」


「……約束だ。絶対だぞ」


蒼生が目を開けた時、尊はもう元の位置に戻っていた。


彼女の体は、夕方よりもずっと白く、透き通っている。まるで、月明かりそのものになってしまったかのように。


「……少し、眠くなってきちゃった。……ごめんね、蒼生。私、ちょっとだけ、あっちの私(本体)に戻ってみる」


「尊!?」


蒼生が慌てて立ち上がる。


尊は、まるで夢でも見ているような穏やかな表情で、ゆっくりと横になった。


その姿が、霧が晴れるように、少しずつ薄れていく。


「おやすみ、蒼生。……また明日、会えるかな」


「会える。絶対だ。明日、俺が病院に行くまで、そこで待ってろよ……!」


蒼生の呼びかけに、尊は答えなかった。


ただ、最後に一度だけ満足そうに微笑むと、彼女の姿は夜の闇に完全に溶け込んで消えてしまった。


部屋に残されたのは、微かな消毒液の匂いと、冷え切った夜の空気だけだった。

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