放課後の教室で
放課後、夕闇が迫る教室。そこは二人にとって、自分たちがもう「元の場所」には戻れないことを突きつけられる場所でした。
「……ねえ、蒼生。もう帰ろう?」
尊の声は、今にも消えてしまいそうなほど細かった。
窓の外を見つめる彼女の輪郭は、夕陽のオレンジ色に侵食され、向こう側の景色がはっきりと透けて見えている。
さっきまでそこにあった喧騒が嘘のように静まり返った教室。
親友が自分の机で泣き崩れていた残像が、まだそこにこびりついているようだった。
「尊……」
「私、わかっちゃった。ここにいても、私はみんなを悲しませるだけの『幽霊』なんだって。私の席に、あの子が座って泣いてるのを見るのは、死ぬよりきついよ」
尊は力なく笑い、自分の透き通った手を見つめた。
いつも部活でボールを追いかけ、蒼生とふざけ合って、泥にまみれていたはずの、強くて逞しかった自分の手。
「病院にいる私も、きっとみんなを苦しめてる。……蒼生だってそうでしょ? 私がこんな姿で横にいたら、あんた、いつまで経っても前を向けないじゃん」
「何言ってんだよ。俺は別に……」
「前を向いてよ!」
尊の叫びが、誰もいない教室に木霊した。
男勝りで、いつも蒼生を引っ張ってきた彼女が、初めて子供のように顔を歪めて泣きじゃくる。
「……怖いんだよ、蒼生。みんなが私を忘れていくのも怖いけど、みんなが私のせいで泣き続けるのはもっと怖い。こんな中途半端なまま、あんたの時間を奪い続けるなんて、そんなの……」
尊は蒼生の胸に飛び込もうとして、そのまま、彼の体を通り抜けて後ろの壁まで突き抜けた。
「……あ」
感触のない空虚。
抱きしめることすら許されない境界線が、二人の間に残酷に横たわっている。
尊は壁に背を向けたまま、床にうずくまった。
「……触れないよ。蒼生がこんなに近くにいるのに、背中を叩くことも、髪に触ることもできない。……ねえ、もういいよ。もう、私を解放してよ」
尊の体から、キラキラと光の粒子が零れ落ちる。
それは彼女の「生きたい」という執着が、絶望によって削り取られていく音のようだった。
「これ以上、あんたに『ごめん』って思わせたくない。……私のこと、もう死んだと思って、ちゃんと忘れて……っ」
「ふざけんな!」
蒼生は尊の目の前で膝をつき、必死に手を伸ばした。
触れられないと分かっていても、その透き通った体をかき抱くように腕を回す。
「勝手にいなくなるな! 忘れるわけねえだろ……! お前がいなきゃ、俺は誰と喧嘩すればいいんだよ。誰に、本当の気持ちを言えばいいんだよ!」
「……蒼生……」
「消えるなんて言うな。幽霊でもいい。……化けて出続けてもいいから、俺のそばにいろ。俺が、お前を一人にはさせないから」
夕闇が二人を包み込み、境界線はより一層深く、暗く、二人を分断していく。
それでも蒼生は、掴めない光を必死に抱きしめ続けていた。




