登校と事故の噂
翌朝、蒼生は重い足取りで家を出ました。その後ろを、朝日を浴びてキラキラと輝く尊が、鼻歌まじりに浮いています。
学校という「日常」の場所に、意識不明のはずの幼馴染みと二人で向かう。それは、ひどく非現実的で、胸が締め付けられるような登校でした。
校門をくぐると、いつも通りの喧騒が蒼生を襲った。
けれど、その喧騒の中身は、昨日までとは決定的に違っていた。
「ねえ、聞いた? 2組の朝霧さん」
「トラックに撥ねられたって。かなりヤバいらしいよ……」
すれ違う生徒たちのささやき声が、鋭い針のように蒼生の耳に突き刺さる。
隣を歩く尊は、「あはは、有名人になっちゃった」と茶化すように笑っているが、その足取りはどこか落ち着かない。
教室に入ると、共通の友人である数人が蒼生の席に駆け寄ってきた。
「蒼生! お前、尊のこと聞いたか!?」
「昨日、一緒に帰ってたんじゃねえのかよ。何があったんだよ!」
詰め寄る友人たちの顔は、一様に青ざめていた。
蒼生は、自分のすぐ隣で机に腰掛けている「透き通った尊」を必死に視界から外しながら、乾いた喉を鳴らした。
「……事故だよ。俺と別れた、すぐ後に」
「嘘だろ……。あいつ、あんなに元気だったのに。……もしかして、もう目を覚まさないのか?」
友人の一人が漏らしたその言葉に、教室の空気が凍りつく。
「やめろよ!」
と蒼生は声を荒らげた。
「あいつは、死んでねえ。……寝てるだけだ」
その叫ぶような言葉に、友人たちは気圧されたように黙り込んだ。
ふと横を見ると、尊が自分の机に指先で触れようとしていた。いつも彼女が座り、男勝りな笑顔で蒼生をからかっていた場所。
だが、彼女の指は机の表面を虚しく通り抜ける。
「……みんな、私のこと心配してくれてんだね」
尊がポツリとつぶやいた。
「男勝り」と慕われていた彼女は、クラスのムードメーカーだった。彼女の席に供えられた花こそないが、そこには主を失った空虚な静寂が居座っている。
「……ねえ、蒼生。私、ここにいるよ」
尊が友人たちに向かって手を振る。けれど、誰も気づかない。
彼女の親友だった女子生徒が、尊の机に突っ伏して泣き始めた。
「尊……、あんたに貸してた漫画、まだ返してもらってないよ……。勝手にいなくならないでよ……」
その泣き声を聞いた瞬間、尊の顔から強がりの笑みが消えた。
彼女は泣いている親友の背中をさすろうとしたが、その透き通った手は、ただ空気をかき回すだけだった。
「……ごめん。ごめんね、泣かせて」
届かない謝罪を繰り返す尊。
蒼生は、こみ上げる感情を抑えるために、唇を血が滲むほど噛み締めた。
隣にいるのに、助けられない。声をかけてやることも、泣いている奴らに「ここにいる」と伝えてやることもできない。
世界から切り離された二人の、あまりにも残酷な時間が始まろうとしていた。




