表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月に透ける君と語らう  作者: 輝久実


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

初めての夜

病院から蒼生の家までの帰り道、二人はほとんど言葉を交わしませんでした。


尊はふわふわと蒼生の数歩後ろを浮くように歩き、蒼生はただ、時折振り返っては彼女がそこにいることを確認する。部屋に入り、見慣れた自分の部屋に、透き通った幼馴染みがいるという非日常。


蒼生の部屋のドアを閉めた瞬間、重苦しい沈黙が二人を包んだ。


「……座れよ。あ、座れるのか?」


「失礼しちゃうわね。一応、座る動作くらいはできるわよ」


尊は慣れた仕草でベッドの端に腰を下ろした。だが、マットレスは沈み込まない。彼女の体には、この世界の重力が今働いていないのだ。


蒼生はデスクの椅子を引き出し、尊と向かい合うように座った。


部屋の明かりの下で見ると、尊の輪郭はさらに淡く、今にも夜風に解けてしまいそうに見える。


「なあ……痛くないのか。その、体」


「全然。ぶつかった瞬間のことも、実はよく覚えてないんだよね。ただ、あんたに怒鳴ったことだけは、はっきり覚えてるけど」


尊はわざと意地悪く笑って、短い髪をかき上げた。


「『お前みたいなガサツな女、こっちから願い下げだ!』……だっけ? 蒼生が言ったんだよ」


「……っ、それは……!」


蒼生は言葉に詰まり、視線を床に落とした。その拳が膝の上で震えている。


「……悪かった。思ってもねえこと言った。お前が事故ったって聞いた時、俺、頭がおかしくなりそうで……」


「わかってるよ。あんた、すぐ顔に出るもん」


尊はふっと表情を和らげ、ベッドから立ち上がると蒼生のそばに歩み寄った。


そして、うつむく彼の頬に、そっと手を伸ばす。


「泣くなよ。私、まだ死んでないし」


その指先が蒼生の肌に触れる——はずだった。


だが、尊の細い指は、蒼生の頬を霧のようにすり抜けていく。


「あ……」


尊の顔から、一瞬だけ余裕が消えた。


彼女は自分の右手をじっと見つめ、何度も蒼生の頬に触れようと試みる。けれど、そのたびに虚しく空を切るだけだった。


蒼生はその様子を、痛みをこらえるような目で見つめていた。


「……尊」


「……あはは、やっぱ無理か! さっきから何回もやってんのに、私、学習能力ないよね」


尊は明るく振る舞い、無理やり笑顔を作った。


けれど、その瞳には小さな涙の膜が張っているのを、蒼生は見逃さなかった。


「……触れねえなら、声、聴かせてくれ。ずっと喋ってろよ」


「えー、うるさいって怒るでしょ、あんた」


「怒らねえよ。……今は、お前の声がしてねえと、お前が本当に消えちまいそうで、怖いんだ」


蒼生の絞り出すような本音に、尊は一瞬だけ目を見開いた。


それから、少しだけ顔を赤くして、そっぽを向く。


「……バカ。……じゃあ、今日あった最悪なこと、全部報告してあげるわよ。まずは、あの病院のパジャマが全然似合わなかったことからね」


その夜、二人は明け方まで語り合った。


触れ合うことはできない。けれど、これまでの人生でどの夜よりも、二人の心は近い場所にあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ