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【後編】 筋肉と愛は裏切らない、恐怖のハッピーエンド


●第四章 パーティー会場へのダイナミック入城●


王城の大広間は、甘美な音楽と嬌声に包まれていた。

表向きは「不慮の事故で亡くなったセラフィーナ嬢を悼む会」だが、実態は王太子ジュリアンと子爵令嬢ミナの「勝利宣言パーティー」である。


「ああ、なんて美味しいワインなんだ。あの堅苦しい女がいなくなっただけで、空気がこうも美味いとは!」


ジュリアンはグラスを掲げ、頬を紅潮させていた。

その隣で、ミナもまた猫かぶりを少し緩めていた。


「ホントですぅ~。あの人、目がマジで怖かったしぃ。これで私が次期王妃確定ですねっ! 殿下、愛してまぁす」

「ああ、僕もだよミナ。これからは誰にも邪魔されず、僕たちだけの愛の王国を……」


二人がグラスを重ねようとした、その時だった。


ガシャァァァァァンッ!!


雷が落ちたような轟音と共に、大広間の巨大なステンドグラスが粉々に砕け散った。

悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。

舞い散るガラスの雨の中、夕日を背負って飛び込んできたのは――巨大な飛竜ワイバーンだった。


「グオオオオオッ!!(着陸! 着陸ゥ!)」


飛竜のポチは、広間の中央にあったビュッフェ台を豪快に踏み潰して着地した。

その衝撃でケーキが飛び、スープが噴水のように舞い上がる。

さらに、ポチの背中からは、薄汚れた強面の男たち(元ならず者)が、次々と転げ落ちてきた。


「お、降りれた……! 地面だ、地面万歳!」

「もう二度と空は飛びたくねえ……!」


阿鼻叫喚の地獄絵図。

腰を抜かして震えるジュリアンとミナの目の前で、土煙の中から一つの影がゆらりと立ち上がった。

埃一つついていないドレス。優雅に広げられた扇子。

そして、聖女のように――あるいは死神のように――慈愛に満ちた微笑み。


「ごきげんよう、殿下。そしてミナ様。パーティーの最中でしたか? 遅れてしまって申し訳ありませんわ」

「ひっ……!」


ジュリアンは喉の奥から変な声を出して後ずさった。


「セ、セラ、フィーナ……!? な、なぜ……貴様、死んだはずじゃ……!?」

「死? まあ、縁起でもない。わたくしはこの通りピンピンしておりますわよ」


セラフィーナはコツコツとヒールを鳴らして歩み寄る。

その背後では、飛竜のポチが「キュ~ン(褒めて)」と彼女に頭を擦り付け、薄汚れた男たちが「姉御、露払いは終わりましたぜ!」と整列している。

異様すぎる光景に、騎士団さえも動けない。 


「ば、バケモノ……! 崖から落ちて、刺客も差し向けたのに……!」


ミナが震える声で漏らす。

その言葉を拾い、セラフィーナはパァッと顔を輝かせた。


「ふふっ、やはりそうですのね! 殿下、ミナ様。わたくし、感動いたしましたわ!」


●第五章 すれ違う「真実の愛(恐怖)」●


セラフィーナはジュリアンの手を取り、熱っぽい視線を送った。

ジュリアンは蛇に睨まれた蛙のように硬直している。


「あの崖突き落としは、わたくしの『受け身』の技術を試すための試練でしたのね? お祖父様の教え『逆境こそが人を強くする』を、身を持って教えてくださるなんて!」

「は……? い、いや、僕は本気で殺すつもりで……」

「そして、森でのあの方々!」


セラフィーナは後ろに控えるクマゴローたちを扇子で指した。


「あのような野性味あふれる殿方の接待、初めてでしたわ。最初はマナー違反かと思いましたけれど、あれも『有事の際の実戦訓練』だったのですね。おかげで関節技のキレが戻りました」


クマゴローたちが一斉に敬礼する。


「殿下! 俺たち、姉御に骨の髄まで叩き直されました! 一生ついていきやす!」

「うふふ、よろしくてよ」


ジュリアンは顔を引きつらせた。自分の雇った暗殺者たちが、完全に洗脳されている。


「極めつけは、このポチですわ!」


セラフィーナは飛竜の鼻先を愛おしげに撫でた。


「わたくしが昔から『ペットが欲しい』と言っていたのを覚えていてくださったのね。まさか、伝説の飛竜をプレゼントしてくださるなんて……。殿下のスケールの大きさ、改めて惚れ直しましたわ!」

「グルルッ(俺はポチ。ご主人様のペット)」


飛竜までもが完全に飼いならされている。

ジュリアンの思考は崩壊寸前だった。殺意が全て好意として解釈され、物理的な暴力でねじ伏せられて戻ってきたのだ。

こいつには、言葉も、常識も、物理攻撃も通じない。


「ち、ちが……違うんだ……僕は……」

「ああ、何も仰らないで。照れ屋な殿下も素敵ですわ」


セラフィーナはうっとりとジュリアンを見つめるが、その瞳の奥は決して笑っていないようにも見える。あるいは、純粋すぎて狂気に見えるのか。 


ジュリアンは悟った。

(逃げられない。この女からは、一生逃げられない……!)


「待ってくださいよぉ!!」


その空気を切り裂いたのは、ミナの金切り声だった。

彼女は涙目で、ドレスの裾を握りしめている。


「意味わかんないですぅ! なんで生きてるんですか! なんでそんなに幸せそうなんですかぁ! 私が王妃になるはずだったのにぃ!」


ミナの計画は完璧だったはずだ。持ち前の可愛らしさで子爵家へ養子に入り、王太子をたらし込み、邪魔な婚約者を消し、玉の輿に乗る。

それが、この筋肉ゴリラ令嬢(見た目は優雅)のせいで台無しだ。


「ミナ様……?」

「ふざけんじゃないわよ! あんたさえいなけば!」


ミナは隠し持っていた護身用の短剣を取り出し、セラフィーナに向かって突進した。


「全部台無しよおっ!消えちゃえぇぇッ!!」

「危ない! セラフィーナ嬢!」


騎士たちが叫ぶが、間に合わない。 


しかし、セラフィーナは動じなかった。彼女は、ミナの突進を「避ける」ことすらしなかった。

ただ、一歩前に出たのだ。


「あら、ミナ様。ダンスのお誘いですの?」


セラフィーナは、振り下ろされた短剣を持つミナの手首を、蝶が止まるような優しさで掴んだ。

そして、そのままくるりと回転させる。

勢いを殺されたミナは、自分の足がもつれ――


「え、あ……?」


大広間の中心にある、長く急な大階段。

その頂点から、ミナは足を踏み外した。


「きゃあああああッ!!」


ドサッ! ガンッ! ゴンッ!


ミナの体が、階段を派手に転げ落ちていく。

貴族たちが悲鳴を上げ、目を覆う。

あれほどの段数、普通の令嬢なら骨折どころか命に関わる。

ジュリアンも青ざめた。


「ミ、ミナ……!」


数十秒のような静寂の後。

階段の下で、うつ伏せに倒れていたミナが、ピクリと動いた。


「……いったぁ……」 


ミナは、むくりと起き上がった。

ドレスは破れ、髪はボサボサだが、彼女は自分の体をペタペタと触り、首を回した。


「……あれ? 全然平気……? ちょ、私すごくない?」


その光景を見て、セラフィーナの目がキラーンと輝いた。


●第六章 新たな才能の開花●


セラフィーナは階段の上から、感嘆のため息を漏らした。


「素晴らしいわ……!」


彼女はドレスの裾を摘んで優雅に階段を降りると、ミナの手を取って立たせた。


「ミナ様、あなた、才能がおありですわ!」

「は? なに言って……」


セラフィーナは、ミナの二の腕や太ももを、服の上から検分するようにペタペタ触った。


「この受け身の才能! あの段数を転げ落ちて、無意識に急所を守り、衝撃を逃がしている……。それにこの隠された筋肉の質! 華奢に見えて、実は体幹がものすごくお強いのね!」


ミナは平民出身で、幼い頃から畑仕事や弟妹の世話で駆け回っていたため、実は基礎体力がずば抜けて高かったのだ。貴族のフリをするために隠していたそのポテンシャルを、セラフィーナは見抜いた。


「わたくし、誤解しておりました。ミナ様がか弱い子猫ちゃんだなんて。あなたは、立派な『獅子』ですわ!」

「し、獅子……?」

「こんな逸材を、王太子の側室ごときで終わらせるなんて国家の損失です。ええ、そうですわね……」


セラフィーナは振り返り、近衛騎士団長に声をかけた。


「団長様! この方に、今すぐ入団届を!」

「は、はあ!? いえ、しかし女性ですし、貴族の令嬢で……」

「形式などどうでもよろしいのです! この頑丈さ、この根性! 王国を守る盾となるべき逸材ですわ! さあ、ミナ様、サインを!」


セラフィーナは懐から(なぜか持っていた)入団申込書を取り出し、ミナにペンを握らせた。

ミナは混乱の極みにあった。


「え、ちょ、私、キラキラしたお城生活がしたいだけで、汗臭い騎士とか無理なんですけどぉ!」

「ご謙遜を! 命のやり取りこそが、あなたの魂を輝かせるのですわ。わたくしには分かります。さあ、まずは基礎体力の向上から……クマゴロー! 彼女をトレーニング場へ!」

「へい! お任せくだせえ!」


元ならず者のクマゴローたちが、ミナを両脇から抱え上げる。


「離してぇ! 殿下ぁ! 助けてぇぇぇ!」


ミナの悲鳴が遠ざかっていく。

ジュリアンは助け舟を出すどころか、セラフィーナと目が合うのを恐れてガタガタと震えているだけだった。


「ふふっ。ミナ様も自分の天職が見つかって幸せそうですわ。ね、殿下?」


セラフィーナが振り返ると、ジュリアンはその場にへたり込んだ。

その顔には、完全なる敗北と、これからの人生への絶望が刻まれ、瞳からほろりと一粒の涙が溢れていた。

しかし、セラフィーナには、それが「愛の誓い」による感動の涙に見えたのだ。


「さあ、殿下。パーティーの続きをいたしましょう。わたくしたちの、永遠の愛を祝して」

「は……は、い……」


セラフィーナは優雅に微笑み、凍りついた王太子の腕に、ぎゅっとしがみついた。

その腕力は、逃げようとすれば骨が砕けるほどに強かった。



●エピローグ 筋肉質で平和な日常●



それから数年後。

この国は、かつてないほどの平和と繁栄を享受していた。

王太子ジュリアンは、即位して国王となった。

彼は「賢王」と呼ばれている。

なぜなら、王妃セラフィーナに逆らうことが怖すぎて、彼女の提案する政策(主に国民の健康増進や国防強化)を全て真面目に実行し、浮気一つせず、夜遊びもせず、執務室に籠もって仕事に励んでいるからだ。

彼の顔色は常に少し青白いが、国は平和そのものである。

王城の裏庭には、巨大な飛竜ポチのための専用離宮が建てられ、セラフィーナは時折それに乗って空の散歩を楽しんでいる。

空から見下ろす王妃の笑顔は、国民にとって「平和の象徴」であり、悪人にとっては「天罰の象徴」であった。

そして、近衛騎士団には、新たな伝説が生まれていた。


「オラァッ! 新入り! 声が小さいでありますぅ!」

「は、はいッ! ミナ隊長ッ!」


全身を鋼の鎧に包み、巨大なメイスを軽々と振り回す、筋骨隆々の女騎士。

かつての子爵令嬢、ミナである。

セラフィーナによる地獄の特訓しごきと、持ち前の才能が開花し、彼女は王国最強の騎士へと成長していた。

言葉遣いにたまに昔の癖が出るが、その実力に文句を言う者はいない。


「隊長! 今日も筋肉のキレが最高です!」

「当然ですぅ! セラフィーナ様の考案したプロテインのおかげですねぇ! ウッス!」


ミナは汗を拭い、キラリと白い歯を見せて笑った。

かつての「玉の輿」の夢は消えたが、彼女は今の「筋肉と鉄の匂い」に満ちた生活に、奇妙な充実感を覚えていた。

たまに王妃セラフィーナが視察に来ると、二人は「マッスルポーズ」で挨拶を交わすという奇行が目撃されている。


   ◆


王城のバルコニー。

セラフィーナは、横に立つジュリアンに寄り添い、平和な王都を見下ろしていた。


「あの日、殿下が崖から突き落としてくださらなかったら、今の幸せはありませんでしたわ。本当に感謝しておりますのよ?」

「……ああ。僕も、君が生きていてくれて……本当によかったよ(逆らったら殺される)」


ジュリアンの引きつった笑顔に、セラフィーナは満面の笑みで答える。


「これからも末永く、仲良くしていただきましょうね。……一生お側におりますわ」


そう言って握られた手は、やはり万力のように強かった。

冤罪から始まった物語は、最強令嬢の完全勝利によって、最高に平和で、少しばかり恐怖に満ちたハッピーエンドを迎えたのであった。



めでたし、めでたし。


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