第1話『霧の瞳と、輪郭の朝』
目が覚めた瞬間、世界のどこかに“ノイズ”が走った気がした。
ふらふらとベッドから起きて、いつものように階段を降りる。
キッチンからは味噌汁の匂い。
母さんが朝ご飯を作っている、いつも通りの朝……のはずだった。
「おはよ、悠斗。ご飯よ」
そう言われて顔を上げた瞬間、僕は固まった。
母さんの“瞳”だけが白い霧に覆われて見えなかった。
口元は笑っているのに、目の部分だけ曖昧だ。
まるで、そこだけ世界が消しゴムで軽くこすられたみたいに。
(……え? なにこれ)
寝ぼけてるのかと思い、目をこすった。
もう一度見る。
やっぱり瞳だけが見えない。
「どうしたの、ぼーっとして?」
母さんはフライパンを揺らしながら振り返る。
その瞬間、視界に別の違和感が飛び込んできた。
身体の輪郭だけが、妙にくっきり見える。
服の上からでも、姿勢やラインだけが誇張されて浮かび上がって見えるような——
そんな奇妙な視覚の“強調”が起こっていた。
(えっ……ちょ、ちょっと待って!?)
あまりの違和感に心臓が跳ねる。
全然そんなつもりじゃないのに、見えてはいけないものを見てしまったような焦りが襲う。
「ゆ、悠斗? 顔赤くない? 熱でもあるの?」
「ち、違う! 違うって! いやその……世界の方がおかしいからさ!」
僕は両手をぶんぶん振った。
必死だ。
「ふふ。まだ寝ぼけてるんじゃないの?」
目が見えないのに、声の調子だけで“苦笑してる”のが分かる。
それが逆に不安を煽る。
僕は思わず言ってしまった。
「……母さんって、こんなに綺麗だったっけ?」
「まぁ、嬉しいこと言うわねぇ。でもそんな褒め方する子じゃなかったでしょ?」
「いや、だから違うってばぁぁぁ!」
完全に誤解されていく言葉を、焦って否定する。
早く説明したいのに、どう説明していいのか分からない。
瞳が見えない。
輪郭だけ異様に鮮明。
この奇妙な“視界”は、一体なんなんだ?
母さんの瞳の部分が霧のように揺らぐ。
まるで、僕に見せたくない“何か”を隠しているかのように。
(これ……ただの目の錯覚じゃないよな)
不安が胸に広がった。
世界はまだ普通の顔をしている。
でも、僕の視界だけが quietly壊れ始めていた。




