灰色の岩竜アルベスト-2
リュウがダブルのスーツを着て、ブスッとした顔をしながら、馬車に揺られている。ハスキルが水辺に脱ぎ捨ててあったリュウの服を見て、
「こんなものを着た方を、アルベスト様にお会いさせることは出来ません。少し小さいかもしれませんが、私の替えの服がありますので、こちらをお召しください」
と、言ってスーツ一式を渡してきたのだ。リュウの服は下水道で下水にまみれて、どれだけ洗っても酷い匂いを放っていたため、これまたド正論ではあった。
(なんか俺……人から服を貰ってばかりだな……)
とか思いつつ、馬車の正面に居るハスキルを見た。やはり彼の表情は何も変わらない。
(俺……この人……苦手かもしれない……)
馬車が帝国の領域を抜けた先にある、大きな城の近くで止まった。
「こちらです。お降りください」
そう言ってハスキルは先に降りると、馬車の扉を開けたまま、リュウを誘導した。リュウも馬車から降りた。リュウはその城を見上げる。
フローゼの屋敷は華美であったが、アルベストの城は重厚と言っていいだろう。歴史のありそうな趣がある。今は晴れだが、雷の轟く雷雨なんかが似合いそうだ。
「アルベストって、貴族か何かなのでしょうか?」
リュウが先導するハスキルに聞いた。ハスキルは歩きながら、その質問に答える。
「ええ、アルベスト様は由緒ある、ドラゴン族の貴族でいらっしゃられます。そして、300年を生きる、我々、岩竜たちの族長でもあられます」
そんなことも知らんのか、と背中で言われている気がする。リュウは誰に見られずとも、少し気まずい。ドラゴン族は寿命が長いが、300年も生きている者は少ない。かなりの高齢だろう。
石造りの廊下を通り、ある部屋の扉の前に着くと、ハスキルは振り返ってリュウを見た。
「こちらになります。何とぞ、失礼、の無いようにお願いいたします」
ハスキルが、念を押すようにリュウに言うと、ドアを叩いた。
「リュウ様をお連れいたしました」
中から返事が聞こえると、ハスキルが扉を開けて、リュウを誘導する。リュウはそれに従って、部屋に入っていった。
部屋の奥には重厚な木製の机があり、その奥に重厚な男が、重厚な椅子に座っている。眼窩が深く、髪の毛はもうない。深い皺で見えないが、顔中に傷跡がある。肩幅が広く、がっしりした体格をしている。
「君がリュウかね。私がアルベストだ。よく、ここまでお越しいただいた」
男はリュウに、そう言った。
「この場で立ち話というのもなんだ。もし良かったら、一緒に食事でもどうだね?」
アルベストにこう提案されたリュウは、それを受けることにした。二人は城の客室で向かい合って食事をしている。
目の前の料理を口にしながら、リュウはアルベストを見る。随分ともったいぶるが、そろそろリュウを呼びつけた要件を知りたい。アルベストが会話を切り出し始めた。
「リュウ、君がフローゼを喰ったのだね?」
念押しするように聞いてくるアルベストを見て、リュウは一言だけ答える。
「……はい」
アルベストがでは……と言う感じでリュウに聞く。
「では、フローゼの研究施設を君が受け継ぐ、という事で良いのかな?」
リュウの頭に疑問符が浮かんだ。
「受け継ぐ?とはどういう意味なのでしょうか?」
リュウは思ったことをそのまま言ってみた。リュウの質問に、アルベストが訝し気な顔をして答える。
「君はフローゼを喰らった。だから彼女の行っていた研究施設もまた、君に継承される。そういう意味だ」
やはり分からない。リュウは質問に質問を重ねる。
「喰う、とそういった物も受け継ぐことになるのでしょうか?」
「ドラゴンがドラゴンを喰う、というのはそういう事だ。力だけでなく、喰らった者が持っていた財産や役割も一緒に喰らうこととなる。まあ、現実的な限度があるので、完全に全てが手に入るというワケでもないがね。喰うとは、喰われる側ももちろんだが、喰う方にも覚悟が必要なのだよ」
アルベストは答えつつ、内心では驚愕していた。この事実はすなわち、一度も他のドラゴンを喰らった事のないリュウが、いきなり四竜の一角であるフローラを喰ったことを意味するからだ。
「そういう事でしたら、私が研究施設を引き継ぐことになりますね。反魂の研究を」
随分と回りくどかったが、要するにアルベストが知りたいのはこういう事らしい。リュウは反魂の研究などやる気は全くない。だがここでは何となく、そう言っておいたほうが良い気がした。
「……ふむ」
先回りで疑問に答えられたので、アルベストは少し考え込んだ。
アルベストは目の前の皿にある肉をナイフで切り、フォークで口に運ぶ。そして目の前の男を見た。
この男がフローゼの研究を続けられるなら、フローゼ亡きあとの役割をそのまま埋められるだろう。しかし、本当にそれが出来るのだろうか?もし出来ないのであれば、フローゼの研究施設を抑えるために、この男を喰う必要がある。
リュウも肉をナイフで切り、フォークで口に運ぶ。そしてアルベストを見た。
この男は格上だ。喰うにはキレさせる必要がある。時間を稼いで、何をすればキレるのかを、見つけなくてはいけない。
二人とも互いを喰うことを考えながら、肉を頬張り咀嚼する。沈黙がその場を支配した。食器の奏でる、カチャカチャした音だけが、その場に鳴り響いた。




