灰色の岩竜アルベスト-1
フローゼを喰った時の夢を見る。フローゼは何故か、抵抗しなかった。その顔には微笑が浮かんでいるようにすら見えた。フローラと過ごした日々と、時折見せた彼女の嬉しそうな顔が一瞬だけ目に浮かんだ。
リュウは、フローゼを丸のみで飲み込んだ。咀嚼するのが、嫌だったのだ。人型のフローゼは、リュウの体躯であっても、何とか飲み込むことが出来た。ただ、彼女の香水と、汚泥の入り混じった匂いが、鼻を抜けたことが鮮明に残っている。香水は、新しい、帝都で出たばかりの新作だった。
リュウは、汗だくになって目覚めた。 息を切らせている。
まだ、香水と汚泥の匂いが、鼻に残っている気がした。
リュウがフローゼを喰ってから数週間が過ぎた。下水道から都市の外に出たリュウは、そこから少し離れた人気のない場所に大きめの湖を見つけ、その近くにあった廃屋へ身を隠し、傷を癒すことに専念していた。
リュウが湖で水浴びをしている。傷はおおむね塞がった。戦うのに支障はないだろう。
フローゼを喰らう事で、ドラゴンになったときのサイズも、魔力も飛躍的に増した。あとはこれを使ってどう戦うかを工夫しなければならない。
リュウはミレリアとオルドロス達との戦いを思い出す。
誰にも奪われないように、ミレリアを奪い取るためには、あとどれくらい強くなる必要があるんだろうか……
少なくとも、残る四竜には奪われないぐらいに強くならないと駄目だ。帝国にも奪われないようにしなければならない。やはり、もっと喰う必要がありそうだ。
残る四竜はヴォルス、オルドロス、アルベスト。アルベスト……名前は聞いたことがある。確か、四竜最強と言われている岩竜。
リュウはフローゼとの戦い、と言うか一方的に叩き潰された時のことを思いだす。リュウはあの時、キレた。しかし、キレたところで、何の足しにもならなかった。むしろ思考力が奪われただけで、マイナスでしかなかった。あの時は戦うべきでなかったし、戦うにしても、もう少しやりようはあったはずだ。例えば下水道の通路で戦うようにすれば、フローゼの巨体は逆に足を引っ張っただろう。
キレる、というのは、いわば突如として発生する殺意。本来であれば平和な日常であるところに、突然殺意が発生することによる落差、いわば奇襲になることがメリットともいえるかもしれない。
しかし、あの時のフローゼは、リュウがキレることを想定していたため、何の奇襲にもならなかった。ドラゴンを統べる四竜にとって、キレるドラゴンとは日常である。つまり相手にするうえで、キレるメリットが何もない。
リュウは、格上相手にキレることは、利敵行為であることを学んだ。
(逆に、相手をキレさせれば、格上の相手でも喰えるかもしれない)
リュウは体を洗いながら、そう考えていた。その時だった……
水浴びをしていたリュウの近くの岸辺に、豪華な馬車がやって来た。馬車はリュウの脱いだ服がおいてある近くに止まった。中から一人の男が降りてくる。
髪の薄い、初老の男。顔には深い皺が刻まれ、上背はリュウよりも頭一つ分くらい低い。背筋は少し猫背だが、ダブルのスーツをキッチリと着こなしている。男はリュウに尋ねるように言う。
「……貴方が、リュウ様でしょうか?私はアルベスト様の使い、ハスキルと申します」
アルベスト……ちょうど先ほど、リュウが考えていた男だ。……何の用だろうか?
「俺がリュウです……水浴びの途中なんですが、少し失礼ではありませんか?」
リュウが珍しく、挑戦的に答えた。試しに目の前の男をキレさせられるか、やってみようと考えたのだ。ハスキルは表情を変えずに言う。
「これは失礼しました。ただ、リュウ様は海竜であるとお聞きしております。でしたら、水の中にいらっしゃる方がご安心でしょう。私といたしましては、こうした方が、こちらには敵意が無いことを証明できるやも、と思った次第であります」
これには一理ある。実際にリュウが休息場所に湖を選んだのは、それが理由の1つであった。リュウにとっては帯刀した地上よりも、素っ裸の湖の方が有利なのだ。こういった気の使い方をされるとは思わなかったので、リュウは少し感心してしまった。
「……で、いったい何の用なのでしょうか?」
リュウの質問に対して、ハスキルはやはり表情を変えずに答える。
「アルベスト様が、リュウ様にお会いしたいと申しております。なぜお会いしたいかの詳しい理由を、私は存じ上げません。もしよろしければ、この馬車に乗って、一緒に来ていただけないでしょうか?」
リュウは悩んだ。会いたがる理由が全く分からないのだが、質問が先回りされてしまっている。素直に答えるというのも何か癪なので、少し言い返してみることにした。
「会いたい……と言うのでしたら、向こうから来るのが礼儀ではないですか?」
ハスキルは、やはり表情を変えずに言う。
「あのお方はお忙しいのです。こういっては何ですが、リュウ様は……こう……暇そうでいらっしゃる。貴方様にご足労頂くほうが、両者ともに御都合がよろしいのではないでしょうか?」
慇懃無礼とも言える回答だったが、ド正論ではあるので、何も言い返せない。
(駄目だ……この人を怒らせるなんてできる気がしない……)
リュウは降参した。
「……分かりました。でしたら私から会いに行きましょう」
リュウが渋々了解した。リュウとしても、アルベストと接触する機会は欲しかったのだ。
「でしたら、馬車にどうぞ……」
ハスキルは言う。これに対しては、流石にリュウは抗議した。
「いや、着替えたいので、そこは、どいて欲しいんですが……」




