魔術-1
リュウはフローゼの書庫で本を物色している。書庫を自由に使ってもよい、という許しが出たのだ。それで片っ端から本を読んでいたのだが、このままではまずいことに気が付いた。なにせ600年をかけて構築された魔術の知識の量は膨大なのだ。これをすべて覚えるにはそれこそ100年以上必要かもしれない。強くなるための要点を知る必要があった。
「強くなるための要点……ね。それなら戦闘用の魔術を重点的に覚えることかな」
リュウの質問にフローゼは答える。リュウとフローゼは屋敷の裏庭に出ていた。リュウは小奇麗な恰好をしている。「屋敷の中では、せめてもう少しまともな恰好をしろ」と言われて、服一式を渡されたのだ。服のサイズは、図ったようにピッタリだった。
フローゼは手に手首へ付けられそうなリングを持って、説明を始めた。
「戦闘用の魔術は大雑把には二種類。最初から使う魔術を決めておくか、その場で使う魔術の術式を練るか。ヴォルス達が使っているのは前者。アイツらは魔法弾を撃てれば十分だから、それだけ。私とかミレリアみたいなのは後者ね」
フローゼの説明に、リュウはなるほど、と思いながら聞く。飛竜やオルドロスが飛ばしていた弾のようなもの。あれが魔法弾だった。
フローゼが続ける。
「どちらも生命力を魔力に変換する、ってところまでは同じね。そこから先が違う。どちらが良いかは好みかな。アンタは器用そうだから、後者のが良いかもね」
フローゼはそう言うと、指先で火球を作り出した。フローゼは炎の魔術を使うようだ。フローゼはリングを1つリュウに渡した。
「腕にそれを付けて、魔術を使ってみて」
そう言うと、フローゼはリュウにリングを渡した。リュウは、香水の残り香が残る、そのリングを付けて。水球を作る。
突如として一部屋分ぐらいの、巨大な水球が出た。いつもはミカン程度の大きさの水球しか出来ないのに、が、滅茶苦茶疲れる。水球を落としそうになったので、一瞬で消した。
フローゼはそれを見て、少し驚いた。
(コイツ……結構魔力があるな……)
そしてぜーぜー言っているリュウを見て、説明を続ける。
「生命力を魔力に変換するとそうなる。その辺の塩梅は体得するしかないわね。あとは、その魔力をどうやって使うかは、魔力操作の技量と、その人のセンス。ミレリアなんかは、この辺が凄いわね」
確かにミレリアは巨大な水柱を出したり、それでレンズを作ったりと、色々とやっていた。今ならアレが、どれほど凄いことをやっていたのかが分かる。
「最初に二種類とは言ったけど、実際には組み合わせて使ったりもする。その辺はもう自分で試すしかない。説明は終わり。そっちのリングはあげるから、あとは自分で何とかしなさいね」
そう言うと、フローゼは香水の残り香を残して、屋敷に戻っていった。
半年もすると、リュウはスポンジが水を吸い込むかごとく、魔術に精通していった。この速度はフローゼから見ても、括目すべきものであった。
1000年前にミレリアと共に魔法の研究を行っていた彼は、彼女の作り出した魔術というものの勘所が、何となく分かる。それが、その学習速度に、大きく寄与していた。
リュウが魔術を覚えていくに従って、リュウに割り振られる仕事も変化していく。最初は本当に雑用だったが、最近では魔術に関する材料や、道具の調達を任されるようになってきた。
合法的に買えるものは、普通に街の商店で仕入れることもできる。ただし、量が多いので、1つの店で買うと怪しまれる。複数の店で少しづつ購入して回る。
非合法に仕入れる必要のあるものはもっと難しい。ある程度の仕入れルートは既にあるのだが、それらの商品には不純物や不良品、だまそうとして偽物が紛れ込む、などで品質に問題がある。そういったものの判別をリュウが行う。
時折、何者かに尾行されていることもある。帝国内では魔術機関の管轄下にある「不死隊」と呼ばれる連中が、魔術関連の取り締まりを行っている。彼らに見つかるとただでは済まない。彼らを巻くための技術を覚え、街の浮浪者を買収して監視させる。そういったことも身に着けた。
リュウは時間があるときは書庫で、様々な魔術に関する書物を読んでいた。魔術を勉強していると、何となく、ミレリアの思考を追えるような気がするのだ。本を読んでいると、フローゼが書庫に入ってきた。いつもと香水が違う。
「あれ、香水を変えたんですか?」
リュウは本から目を離して、何となくそれを口にした。フローゼがよくぞ気が付きました、という感じで嬉しそうに言う。
「そうそう、帝都で発売された新作なの。中々手に入らないんだから!」
それを聞いて、リュウはミレリアを思い出す。
(香水か……ミレリアもたまに使っていた気がする。あんまり高いやつでは無かった気がするけど……)
フローゼは、昔を思い出してぼんやりしているリュウの顔を見てから真顔に戻る。そして、持っている本を見て言った。
「ミレリアの軌跡か……魔術を志すなら、避けては通れない名前なのよね。ドラゴンの宿敵って言われているけど、やっぱり憧れる……」
リュウはフローゼを見て、意外に思った。
(憧れる……ミレリアをそういう目で見るドラゴンも居るのか……)
フローゼはその視線に気が付くと、少し嬉しそうに続けた。
「ドラゴンが強くなったのは、魔術のおかげと言ってもいいからね。空を飛ぶ飛竜が、魔法弾を撃てるようになることで、ドラゴンが戦場の主役になった。切っても切れない関係。そういった意味では、ドラゴンを敵として作り出したのは、ミレリア自身とも言える。皮肉なものね」
そう言うと、フローゼは香水の残り香を残して、書庫から出て行った。




