戦場-1
戦場-1
ヴォルスの野営地に別の兵団の部隊がやってきた。部隊はひときわ大きい男が先頭で率いている。部隊を野営地の外に止めると、男が数人の手下を引き連れて、ヴォルスのテントに向かってやって来た。周りの兵士たちが呟く。
「オルドロスだ。次の戦いにはアイツも参加するのか」
オルドロスと呼ばれた男が、ヴォルスのテントの近くで武器の整理をしていたリュウを見ると、足を止めてデカい声で呟く。
「んー?こんな奴いたっけかな?」
リュウはオルドロスの方を見た。デカい。ヴォルスの頭一つどころか二つ分ぐらいデカい。その背中にこれまたデカい剣を背負っている。服装も派手で、デカい羽根のついた帽子を被って、派手な厚手の更衣着て、だぶついた服の部分を紐でぐるぐる巻きに縛っている。その顔は狼のように鋭い。街中で見かけたら、目を合わせるどころか、そもそも近づかない類の男だ。
ヴォルスがテントから出てくると、オルドロスを睨んで言った。
「そいつはうちの新人だ。イチャモンを付けるんじゃない」
オルドロスは「別に、なんにもしてねーよ」と言いながらテントに入っていく。ヴォルスもそれに続いて入っていた。
・・・・
ヴォルスとオルドロスの一団は、城壁に囲われた帝国の街を攻撃することにした。ヴォルスとオルドロスが手下を率いて戦場に向かう。
リュウもこれに参加することになった。とは言え、流石にいきなり前線というわけでは無く、最初は後方支援の手伝いという形での参加となった。
街に近づくと、ドラゴン族のうち、空を飛べる飛竜になれるものが次々に変身して城壁に向かっていった。オルドロスなどは他の飛竜よりも巨大な、漆黒の飛竜へと姿を変えて、その刃物のような風貌通りに、いの一番に戦場に切り込んでいた。ヴォルスもオルドロスほどの大きさの、青い飛竜へと姿を変えて、戦場に向かっていく。
帝国側は城壁に取り付けた巨大な固定式の石弓、バリスタを使って飛竜たちの迎撃を行っている。中々当たらないが、それでも飛竜の動きを制限するように打ってくる。特にヴォルスとオルドロスは集中的にマークされている。二人ともやりにくそうだ。他の飛竜たちは隙をみて、バリスタに向かって何かの弾を飛ばしたり、突撃していったりする。帝国兵たちはその飛竜たちを、持ち運び式の石弓、クロスボウで迎撃していく。中には石を投げて打ち落とす奴もいた。
飛竜たちの攻撃が決定打にならないと、次は空を飛べなかったり、ドラゴンになれないドラゴン族の歩兵が城門に向かって突撃していく。飛べないドラゴンの中には、岩のような体躯を持つ岩竜などもおり、こういったドラゴンにはクロスボウ程度の矢では通らない。他のドラゴン族の兵士たちは、彼ら岩竜を盾にするように城門に近づいていく。
帝国側は岩のような人形を城門の外に用意しており、それらとバリスタを使って岩竜たちに対応していた。
戦いは長期戦の様相を見せ始めていた。
リュウの居る丘の上の後方基地に、ヴォルスとその取り巻きが休憩にやって来た。ヴォルスが椅子にどかりと座り込むと、リュウの渡した水筒から一気に水を飲んだ。思うように動けないので、イライラしているようだ。ヴォルス達が休憩をしていると、他のドラゴン達も続々と休憩に来た。中には特に疲れてなさそうな連中も混じっている。戦場が硬直して動かないので、休憩というていでサボりに来たのだろう。
ヴォルスは内心で毒づいていたが、自分も休憩している側なので、何か言うことは控えていた。ドラゴン達はヴォルスに軍として統括されているわけでは無い。いくつかの部族の寄り合いのような感じなので、ヴォルスであっても中々口出ししにくいのだ。
「戦場が硬直しているようですね」
リュウはヴォルスの飲み終わった水筒を受け取りながら、ヴォルスに話しかけた。
ヴォルスはリュウを見ずに、不機嫌な様子で答える。
「ああ。やっぱり、こういった寄り合いだと色々難しい。流れに乗れないと駄目だ・・・」
ヴォルスの取り巻きが、思いついたように言う。
「そういえばオルドロスのやつが妙に大人しいな。サボっているのかな?」
サボっている奴に聞こえるように、そのくだりは大きな声で言った。ヴォルスも大声でそれに回答する。
「アイツはサボらんよ。サボるぐらいなら、もう帰っているからな!」
そういってヴォルスは、城壁の近くを飛んでいるオルドロスの方に目を向けた。確かにオルドロスにしては大人しい。いの一番に突っ込んでいった割には、城壁の上を行ったり来たりするばかりに見える。
その様子を見ていたヴォルスは、何となくオルドロスの考えていることが分かってきた。ヴォルスが大声で言う。
「そろそろ行く準備をしろ!オルドロスのやつ・・・やるかもしれんぞ」
ヴォルスの言葉を合図にしたように、オルドロスが地面に着地した。何かを溜めるように四肢を踏ん張って、その赤い口がますます赤く光っている。
「あの位置だとバリスタをぶち込まれるぞ」
誰かが焦ったように言う。
「いや、あの位置は微妙にバリスタの射角が取れない位置だ。いけるぞ・・・」
ヴォルスがそう嬉しそうに言った瞬間、オルドロスは凄まじい閃光と共に、城門めがけて巨大な弾丸を放った。螺旋回転を描くそれは、おそらく城門を粉砕するだろう。
その時にリュウは感じた。誰かが魔法を使った時に感じる、あの感覚。しかも、今まで感じたことが無いくらい、大きい。ヴォルスもそれに気が付いたのか、動きを止めて、ボソりと呟いた。
「傾国の魔女・・・」
突如として現れた水柱が、オルドロスの放った弾を巻き上げた。ずれた弾はあらぬ方向に飛んでいく。
全員がそれを見ていた。ヴォルスが毒づくように言う。
「帝国のミレリア・・・」
リュウは突如として耳に入った、思い人の名前に、え?っとなった。なぜこの場でミレリアの名前が出るのか?リュウは城壁の上をなぞるように眺める。城門の上の城壁で、何人かに囲まれて長い杖を振っている女性が見えた。どこかで見たことがある気がする。あの体型と長い黒髪、ミレリアのようにも見える。ただ遠すぎるので、確信は持てない。
同名の別人か?ミレリアだとしたら、なぜ戦っているんだ?確かに先ほど感じた魔法の感覚は、ミレリアのそれに似ていた・・・
「・・・ミレリア???」
リュウは一言それだけを呟くと、呆然とした目で、遠くで杖を振る、その人を見つめた。




