ドラゴン族
ドラゴン族-1
その日は、歴史的な大嵐に見舞われた。海は荒れ狂い、多くの漂着物が海岸に辿り着いた。
大嵐の翌朝、その漂流物の中に少し大きな生き物が混じって、他の流木などと一緒に海岸に打ち上げられていた。
・・・・
・・・暖かい。凍えた体に血が通っている感触がする。瞼が軽くなってきた。
リュウは簡素なベットの上で目覚めた。
「あ、起きたのかな?」
そう言って、近くにいた少女がリュウを覗き込んだ。長い黒髪が、どことなくミレリアに似ている気がする・・・そうだ、ミレリアの元に行かなくては!
リュウは勢いよく跳ね起きた、が、体がこわばって動かない。それに突然起き上がったので、頭がふらふらする。少女はリュウの突然の動作に驚いて、床に尻もちをついた。
少女の名前はルネと言った。彼女はリュウに状況を説明する。
「リュウは海岸に倒れていたの。それから一週間も寝てたんだよ」
「そうだったんだ。その間を、君が面倒を見てくれてたんだね。・・・ありがとう」
リュウはお礼を言いつつ、不思議に思った。海岸・・・リュウが落ちたのは大河だったはずだ。海まで流されたのだろうか・・・
「ここは、どこ?」
テントの中なのは間違いないが、初夏のように暖かい。自分が河に落ちた時は冬だったはずなのに・・・
「ここはヴォルスの野営地だよ。リュウこそ、どこから来たの?」
リュウは自分が居た場所の都市の名前を言ったが、ルネには心当たりが無いようだ。
「リュウは・・・遠いところから流されてきたのかもね」
ルネが不思議そうに言った。そうなのかもしれない。
時間が経って、リュウの頭の調子も少し良くなってきた。何とか歩こうとして、ベットから足を出して立ち上がった。ルネは心配そうにリュウに言う。
「大丈夫?歩けそう?」
ぎこちないけど、何とか歩けそうだった。
「歩けるなら、少し歩いたほうが良いかもね。それに、起きたならヴォルスに挨拶に行った方が良いかも」
ルネが先導するように、テントの入り口を開けてくれた。ヴォルス・・・地名じゃなくて、人の名前だったのか。リュウはテントの外に出た。
久しぶりの太陽が眩しい。とっさに目を閉じた。徐々に瞼を開いて、少しづつ目を慣らしていく。その目に映ったのは、剣を持った戦士、武器を手入れする職人、訓練をする兵士、言い合いをしている男たち・・・
リュウが居たのは、戦場の野営地だった。
ぎこちなく歩きながら、リュウはルネの先導についていく。チラリとリュウ達を眺める男が時々いるが、とくには何も言ってこない。道すがらに回りを眺めると、鍛冶屋が見たこともない道具を使って火を起こしたり、風を火に送ったりしている。あれは何なんだろう?
ルネはひときわ大きなテントに到着すると、振り返ってリュウに言った。
「ここがヴォルスの居るテント。大丈夫だと思うけど、絶対に怒らせないでね」
何やら物騒な助言をされたな、と思いつつ、リュウはそのテントに入っていった。
テントに入ると、一人の男が部下と思しき男と話していた。上背は高い、リュウと同じくらいだろうか。ドレッドヘアーの髪型に、バンダナを巻いている。質素な短衣に身を包み、左目には眼帯をしていた。
会話の終わったその男に、ルネが説明をした。この男がヴォルスのようだ。ヴォルスがリュウを見て言った。
「おう、やっと起きたのか。もう起きないのかと思ったぜ」
思ったよりフランクなようだ。
「俺はリュウと言います。助けていただき、ありがとうございました。本当に・・・お世話になりました」
リュウはヴォルスに礼を言った。ヴォルスはルネを見て言う。
「礼ならルネに言いな。海岸でお前さんを見つけたのも、ずっと面倒をみていたのもアイツだ。自分の幸運と、頑丈な体と、面の良い顔に生んでくれた両親に、感謝するんだな」
体はともかく、顔が何か関係あるのだろうか?リュウは不思議に思った。ルネはリュウの後ろで、どこか恥ずかしそうな顔をしている。
「まあ病み上がりだからな。もうしばらくは、ゆっくりしていていいぞ」
ヴォルスは必要なことを言うと、忙しそうに別の仕事に取り掛かった。
・・・・
リュウはその日からしばらくの間、ルネに手伝ってもらいつつ、少しづつ体を動かせるようにしていった。一か月ほどすると、以前ほどではないが、剣を振れるまでには、回復することが出来た。
ミレリアのことは頭にあったが、今の状況が良く分からない。他の兵士に話を聞くと、帝国との戦争中だという。リュウの記憶では、帝国はそんな大規模な戦争はしていなかったような気がするのだが・・・どうも様子がおかしい。なぜ戦争をしているのか?と聞くと、怪訝そうな顔をしている。
リュウはテントに居る時に、それをルネに聞いてみた。ルネも怪訝そうな顔をしながら答える。
「え?ドラゴン族と帝国はずっと戦争をしているよ。原因は・・・何だったのかよく覚えていないけど、もう100年くらい」
100年!?ドラゴン族?どういうことだ?
「え、じゃあ、ここにいる人たちは、全員ドラゴン族ってこと?」
リュウの質問に、ルネがますます不思議そうに答える。
「そうだよ。リュウだって、ドラゴンだよね。海岸に倒れていた時は、海竜の姿だったし・・・」
確かにそうなんだけど。何かを知れば新しい疑問が湧いてくる。混乱しているリュウを見て、ルネがボソりと呟いた。
「もしかして100年くらい寝てたのかな?」
・・・・
リュウが剣を使って広場で演舞をしている。ほぼ以前と同様程度に動けるようになってきた。その凄まじい速さに、周りの男たちも「へー」という感じで観ている。そこを通りかかったヴォルスがリュウを見て、思い出したように声を掛けてきた。
「よう、リュウ。だいぶん調子はよくなった見たいだな。剣を振れるヤツとは思っていなかったが」
「ええ、おかげさまで」
演舞を終えたリュウは、汗を流しながら答えた。それを見てヴォルスが腰に手を当てながら言う。
「さて、お前さん、これからどうする?うちもそんなに余裕があるわけでは無いんでな。これ以上うちに滞在するなら、何かをしてもらわなきゃならん」
それはリュウも考えていた。ミレリアを探しに行きたいのだが、あまりにも状況が分からなさすぎる上に、手元に蓄えが全くない。何とかして資金を作る必要があった。
「働かせてください」
リュウはヴォルスに言った。ヴォルスはリュウを見て、聞いた。
「人を殺したことはあるか?」
リュウは廃屋の事件のことを思い出した。戦場ではないが・・・
「・・・あります・・・」
リュウは呟いた。
「そうか・・・なら、まあ大丈夫だろう」
そう言うと、ヴォルスはその場を離れて行った。




