まだ終わりじゃない
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「(勇者)さん起きて!緊急事態...です!」
甲高い声が、眠りの淵を妨げた。
今日は休日だと言うのに、こんな朝早くに、一体何だと言うのだ?頭がぼんやりと霞み、瞼が重い。声の主は……誰だ?
「....なに?...誰?」
「シンです!早く起きて直ぐにイマジナリー世界に来て下さい!」
シンの声は切羽詰まり、空気が戦慄いているようだった。
「なんでだ?」
寝ぼけていた。
当然だろう。
昨日の夜遅くに起きたあの出来事が頭を離れず、ろくに寝れなかったのだ。寝ぼけるのも無理はない。
「ニアさんが殺されたんです」
「は!?どういう事だ?」
一瞬で眠気が吹っ飛び、血液が喉元で跳ねた。
「今朝、食事処でニアさんの遺体を五郎さんが発見したんです!イチカさんと同じ殺害方法で」
「なんて事だ!サブじゃなかったのか!?」
「サブさんじゃ、無かったんです...」
嘘だろ........。冗談じゃない。
じゃあ、俺は無実のサブをこの手で、殺したって言うのか?
イチカを殺した真犯人と、俺は同じ罪を犯したっていうのか?いや、そんな筈は無い。
サブは確かに怪しかった。
あの状況で、誰だってそう思う筈だ。
「とりあえず、こっちに来れますか?状況を見てもらいたいんです。」
シンの言葉に、俺は重い身体を引きずり、イマジナリーへと向かった。
食事処に足を踏み込れた瞬間、息の根が止まった。
そこには、ニアの遺体がイチカと同じ無惨な姿が横たわっていた。
血の匂いが充満して、殺人現場のような..いや、これは殺人現場だ。
ニアの首元が少し腫れ上がっていて不自然に感じた。
部屋の隅では、五郎が膝を抱え、萎縮した目で床を呆然と見つめていた。
いつも陽気で騒がしい五郎とは別人のようだった。
「第一発見者は五郎って言ったな?」
俺はシンの方を振り返り、声を絞り出した。五郎は尚、震えている。
「だが、五郎が人を殺せるとは思えない。となると、シン、お前か?」
「ち...違うよ!もう一人怪しい人物がいますよね?」
シンが挑戦的だが、シンか五郎しかこの場にいない。
五郎の知能の低さで人殺しなんてありえない。
ならば、シンしか殺人犯の犯人は残っていないことになる。
「五郎とシンしか居ないだろ!...........あ」
その瞬間、頭に関光が走った。俺のその反応をシンは見逃さなかった。
「そうです!ロンさんです。おかしいと思いませんか?都合よく冬眠してるなんて...。今から部屋を確認すべきです。本当に冬眠をしているのか、確かめるんです!」
「確かにそうだな。その方が手っ取り早い。」
俺はシンに頷き、決意を固めた。
ロン……彼女がこの一連の事件の鍵を握っているのか?
俺、シン、五郎の三人は、ロンの部屋の前に集まった。
ドアに手をかけると、ドアノブの感触が掌に伝わる。
だが、鍵がかかっており、ドアは微動だにしない。
「やはり、鍵がかかっておるな」
五郎が低い声で言った。
いつも軽口を叩く彼の声に、今日は暗い影がある気がする。
「ロン!いるんだろ? 開けるぞ。」
俺はドアを挙で叩き、蹴りを入れた。
だが、部屋の中からは物音一つ聞こえない。
まるでそこに生命が存在しないかのような、異様な静けさだな。
「管理室から鍵を取ってくる。ここで待ってろ、誰もドアに触れるな。五郎をちゃんと見張ってろ!シン」
「はい」
シンの返事は少しぎこちなかった。
管理室に急ぎ、「666」の相性番号を入力する。
焦る心を抑えるのに必死だった。
鍵を手に入れ、急いでドアの前に戻る。
「開けるぞ」
心臓がこれまでに無いくらい音を立てている。
ゆっくりと鍵を差し込み、ドアを押し開けた瞬間、予想だにしない光景が目に飛び込んできた。
この二日間で、俺は四人の死体を見てしまった。
そう、ロンは首吊り自殺をしていたのだ。
一歩後ずさり、思わずシンと五郎の顔を見た。二人の目は、俺と同じ恐怖と混乱を映し出していた。
得体の知れない腐臭が空気を満たす。
「ロンさん........」
シンが呟き、声はか細く震えていた。
普通なら、これで全てが解決したように思える。
ロンがイチカとニアを殺し、罪の重さに耐えかねてロンが自殺した――そう考えるのが自然だ。
だが、なぜか胸の奥に拭いきれぬ違和感が広がる。
ロンのちっこい身体が、天井から垂れるロープに揺られていた。
青白い顔で、虚ろに半開きになった目、紫色を帯びた唇。
そこに、生きている人間の気配はなかった。
五郎が突然、床を挙で叩きつけた。
声にならない叫びが、彼の喉から迸る。
「なぜだ...何故こんなことに....」
いつも馬鹿で陽気な五郎とは思えない反応だ。
「二人共落ち着くんだ。まずは状況を確認するんだ。」
俺は声を張り上げ、動揺を押し殺した。
だが、心の底では、ロンの死がこの事件の終わりではないとが脳内で反芻している。
呼吸を整え自分も落ち着くよう深呼吸をした。
「おい!皆の者...このロープ何か変だぞ」
気づくと五郎がロンの首の巻かれたロープに近づき、じっと観察していた。
「何が変なんだよ」
俺とシンは五郎の横に駆け寄った。
五郎が指差すロープの結び目は、素人が適当に作ったものとは思えない程複雑で、しっかりと締まっていた。
だが、それ以上に異常だったのは、ロンの首に注目すると赤い痕があったのだ。
ロープで擦れた痕とは別に、細い線のような痕が首の両側に円のように走っていた。
「こ...これ...。誰かに締められた痕だ....」
シンは力ない声で言った。
ロンの首に残る赤黒い痣を指さすシンの指先は、微かに震えている。
「大変だ!これは自殺じゃないのかもしれないぞ?ロープで吊るされる前に、誰かに首を締められた可能性があるぞ!」
五郎が声を荒げ、勢いよく立ち上がった。
その目は血走り、普段の軽薄な態度とはかけ離れた激情に満ちていた。
「なっ……殺害を自殺に隠蔽した人物が、この中にいるってことですか?」
二人は交互に睨みつけ合い、声が自然と荒々しくなっていた。
五郎はシンを酷く睨みつけ、シンはその視線を冷たく受け流していた。
「その通り。シンか五郎どちらかの二人が犯人ってことになる。」
俺の一言で空気が火花を散らすような緊張が部屋全体を支配した。