誰かが殺さない限りは
眠りにつく前、ベッドに横になりながらも、頭の中はまだ鈴木さんのことで幾度もざわついていた。
「五郎くんって言ったけ?どんな子なんだろうね」
夜の獣のような声音、けどサブは楽しんでいる。
サブはいつもこんな調子だ。怖いことを言いながら、心の奥底では必ず笑っている。
ニア、サブ、シン───俺のイマジナリーたちがぼんやりと浮かんでいる。
実体があるのかないのか、いつも曖昧な存在。だけど、今夜はやけに生々しく感じるな。
「さあな、でも謎がいっぱいでおもしろい」
「鈴木様のイマジナリー、確かにとても不気味でしたわね。あの閉ざされた部屋、まるで誰かが閉じ込められているかのようでしたわ。ですが、(勇者)様が、そんなことに心を奪われているのは心外です!」
俺の心を見透かしたように、ニアは風のないイマジナリーで、長い髪をふわりと揺らした。
「どうして、鈴木さんは、暗闇の筈のイマジナリーに、部屋があったんですか...?」
シンが小さな声で割り込んだ。
シンはいつもビクビクしているが、今夜は特に怯えている様子だった。
サブの後ろに隠れ、縮こまっている。
「リアルだから不気味なんだよ、シンくん。」
そんなシンをサブは馬鹿にするようにケラケラと笑った。
その瞳の奥はやはり裏があるようにいつも笑っている。
「まあ、でも鈴木さんと友達になれそうで俺は嬉しいかも」
「ねえお兄ちゃん。さ、もし、鈴木さんと友達になったとしても、僕たちのこと忘れないでよ」
深刻この上ない顔をしてそう言ったのはサブだった。
ニアとシンも同じように思ってるのだろうか。誰も否定も肯定もしなかった。
「でもさ、お兄ちゃん。鈴木さんのことばっか考えていると、忘れちゃうこともあるよね。ほら、例えば........イチカお姉ちゃんの事とかさ」
その瞬間、俺の心が跳ねた。イチカ....。
どうして、どうして俺は、こんな大事なことを忘れていたのだろう?初めて好きと言ってくれて、こんな俺を認めてくれたイチカ。
鈴木さんの家庭環境や、共通のイマジナリーに気を取られてイチカのことを、ほんの一瞬でも忘れてしまっていた。
なんてことだ。俺はなんて馬鹿なんだ。
「イチカ、」
俺は呟き、拳を握りしめた。
「俺が、イチカのことを完全忘れていたなんて」
「お兄ちゃんの焦ってる顔可愛いね」
サブがまた軽い調子に戻って笑うが、ちょっと言い方が怖い。
「でもさ、イチカお姉ちゃんだってイマジナリー世界にずっと閉じ込められているんだよ。お兄ちゃんが忘れない限り、消えやしないよ。まあ、誰かに殺されない限りわ、ね?」
意味深げに言うサブに俺は苛立ちを覚える。
「冗談でも殺されるとか言うのは辞めろよ、お前らが殺すわけじゃないだろ?」
「そうですわね。(勇者)様がイチカ様を忘れない限り、消えたりは致しません。ですが、あまり鈴木様のイマジナリーに気を取られすぎると、(勇者)様の心も揺らぎますわ。くれぐれもお気をつけくださいね」
「.....うん、気をつけるよ、お前らもイチカのことも絶対忘れたりしない」
「約束ですわよ(勇者)様、破りましたら、わたくしたち消えてしまいますからね」
おどろおどろしい笑顔を見せたニアに面食らう。
「わかったってば。明日、鈴木さんとまた話してみるよ。けど、絶対に忘れないから。そのためにも、ニア、サブ、シン。毎日夜はこうやって話そう」
「分かりましたわ」
「わかった」
「……うん」
三人の声は不揃いで俺の頭の中でこだました。