私と君だけの王国
「王国?」
鈴木さんは怪訝そうに眉を寄せ、困惑そうに言った。
「ごめんね。(勇者)さんが何を言っているのかちょっと理解出来ない。頭の中に世界が存在するの?」
「そうだよね、俺も初めは信じられないし、意味がわからなかった、でも本当に存在するんだ。その世界に人(友達)がいる。まあ、鈴木さんもやってみれば分かるよ」
鈴木さんは、恥ずかしそうに頷いたが、半信半疑で呪文を唱えていた。
その姿はかつての俺と重なった。
「邪王暗黒.......ROCKON....」
鈴木さんの表情が一瞬で変わった。
目を閉じ、静かに息を整えた数分後直ぐに目を開き俺の肩を掴んでいた。
「嘘.....。本当に別の世界に行っちゃった。私どうしたらいい?」
「だろ?落ち着いて歩いてみて、どんなものが見える?」
心の中で、俺は驚きを抑えきれなかった。
イマジナリーは俺だけのものじゃないことが今、証明された。
まさか無数存在するとは。
俺だけじゃない――仲間が、いたんだ!!
「歩けない、壁があって進めない」
「壁?」
壁、なんの事だ?まさか、俺のイマジナリーと鈴木さんのイマジナリーは齟齬があるのか?
「落ち着いて、他に何か見える?探ってみて」
「どうしよう(勇者)さん...壁を探ったら電気があったから付けてみたらのそしたらね....」
ゴクリと唾を飲んだ。
鈴木さんのイマジナリーは俺のと様子が明らかにおかしかった。
「電気を付けたら私の部屋だった。知らない男がこっちを見てる...」
鈴木さんは目を大きく見開き、唇を震わせて言った。
「五郎.....。」
「え?」
「彼、今(五郎)って言った。」
気けば、鈴木さんは俺の手を強く握り締めていた。
鈴木さんの緊張がこちらの手に通して伝わってくる。
「安心して。きっと、その五郎って名前の男の子は鈴木さんと友達になりたいって思ってるんだよ」
しかし、俺は考え込んだ。
鈴木さんのイマジナリーが、俺のものと違うのは明らかだった。
俺のイマジナリーは最初ただの暗黒で、そこから俺の意思で建物や光が生まれた。
でも、鈴木さんのイマジナリーはすでに
「自分の部屋」や「壁」謎の少年「五郎」という存在が具体的だった。
それは、鈴木さんの心の奥底に閉ざされた何かが、形になって現れているみたいで、不可解きわまりない。
「鈴木さん、もう一回深呼吸をして。その部屋ってどんな感じ?何か見える?何か...変なことある?」
鈴木さんはしばらく黙った後、囁くような声で話し始めた。
「最初はね、私の部屋だと思ったけど、なんか違うかも、壁が少し黄ばんでて、電気の形大きい....それに、時計がずっとカチカチって音鳴ってる、五郎って男の子の目、なんかおかしい...。ずっとこっち見てる、怖いよ。(勇者)さん、五郎の目つきがなんだか、気味悪いかも」
鈴木さんの声は震えていて、手が俺の腕を強く握っていた。
緊張感がひしひしと伝わってきた。
そんな会話を聞いていたニアが、
「なんだかおかしいですわ。鈴木様のイマジナリー」とか言うから、俺の背後がゾワゾワとしてきた。
鈴木さんの言っていた、変な部屋とか見知らぬ少年五郎、という単語は、妙に不気味に聞こえた。
俺のイマジナリーは自由な世界だったが、鈴木さんの世界は悪人の牢屋のように閉ざされていた。
初めて現れたイチカは、五郎という男のように不気味ではなかった筈だ。
俺に積極的に話しかけ、成功へと導いたイチカとは大きく異なっている。
考えれば考えるほど、鈴木さんのイマジナリーは奇妙そのものだった。
――何かが、おかしい。
「鈴木さん!あんまり、五郎ってやつに近寄らないで。何かがおかしい!」
俺は鈴木さんの目を真っ直ぐと見て、声を少し強めた。
「今すぐイマジナリーから、現実世界に戻って!目を閉じて、深呼吸をして現実世界に戻るんだ」
鈴木さんがビクッと肩を震わせ、目を閉じた。鈴木さんの呼吸が速く、浅かったが、俺の手を握る力が少しずつ弱まっていく。
数秒後、鈴木さんが目を開けたとき、涙が少し滲んでいた。
「(勇者)さん、良かった...戻れた!でも、五郎....あの男の子なんか怖かった。なんで、私の頭の中に知らない男の子がいるの?私、知らないのに」
俺は鈴木さんの肩を軽く叩き、冷静を装いつつ言った。
「いいよ。鈴木さん、よくやったよ。でも今日はもうイマジナリーに行かないでほしい。なんか変な感じがする。あと五郎はなんだか、俺のイマジナリーの住民とは少し違う気がする。もう少し考えよう、な?」
鈴木さんは、頷いたが、顔はまだ青ざめていた。
「うん、わかった。ありがとう(勇者)さん。それに、私の過ちを許してくれて、ありがとう」
そのとき、チャイムの音が鳴った。
昼休みが終わった合図の鐘。
生徒たちの笑い声や足音がざわめき始め、日常の喧騒がまた戻ってきた。
「ほら、授業始まるよ」
俺は鈴木さんに軽く微笑んだ。
「今日のところはこれで終わり。あと、俺はもうあの事は気にしてないから謝らないで。鈴木さんが良ければ....明日イマジナリー世界のことについてまた話さない?」
鈴木さんは少しだけ安心したように頷き、震える声で言った。
「うん、明日...。ありがとう、(勇者)さん」
俺は鈴木さんの一歩後ろを歩き、教室へと向かった。
鈴木さんの背中は少し怯えているようだったけど、俺の頭の奥も、少し怯えている。
鈴木さんのイマジナリーには、何か深い秘密が隠されているような気がした。
もしかすると、鈴木さんの家庭事情が関係しているのかもしれないな。