それ、イマジナリーだよ!
学校の喧騒が広がる中、サブがいつもの無邪気な口調で、話しかけてきた。
「お兄ちゃんを無視したあの男の子ムカつくね。こんなに頑張ってる姿を馬鹿にしてあいつらは何が楽しいのかな?生きてる価値ないと思わない?」
「まあ、俺もそう思う。だけど、俺はもう気にしないことにしたんだ。あと、学校では話しかけるな」
サブはムスッと頬を膨らませ「はーい」と不満げに返事をした。
その会話を密かに交わしたつもりだったが、こちらを振り向いたクラスメイトが数人いた。
こうなるから学校では話したくなかったんだ。既に虐めの標的にされているのに、独り言を呟く変人な奴というレッテルを貼られたら、余計面倒なことになる。
だからその後はサブの声も、頭の中に響く他の声も、全て無視することにした。
それでも俺はこいつらに救われていた。
サブとシンが現れてから、俺の「イマジナリー世界」は随分と賑やかったになった。
サブの突飛な発言に、ニアが突っ込みを入れ、シンが横からサブの肩を持って会話に加わるやりとりは、聞いていて思わず笑いが込み上げてくる。
この不思議で非現実的に感じられるイマジナリーの世界が俺には愛おしくすら感じていた。
そんな時、休み時間に俺の名前を呼んだ者がいた。
女の声だ。
頭の中からではなく、現実世界からだった。
振り返るとそこには呆然と鈴木さんが立っていた。
一瞬戸惑ったが、俺は、平然を装って口を開いた。
「どうしたの?」
鈴木さんは躊躇うように唇を動かし、ポツリと呟く。
「(勇者)さんも、その....変な声が聞こえるの?」
その言葉に、俺の思考が一瞬思考が停止する。
何を言っているんだ?と、思った。
だが、「声」とはもしかしてイマジナリーを示しているのではないのだろうか。
そんな、まさかね。でも......。
「ごめんなさい、変な事言っちゃった。忘れてください」
そそくさと席に戻ろうとする鈴木さんを俺は思わず呼び止めた。
「ちょっと待って、鈴木さんも声が聞こえるの?」
鈴木さんは、ハッと立ちどまり、目を見開いた。
驚きと不安の表情で、頷く。
「うん....。最近声が聞こえるの。私ね、実は家庭環境良くなくて、お母さんとお父さん毎日喧嘩してて、部屋で一人でいる時に頭の中から誰かの声が聞こえるの...。」
間違いない、これは、イマジナリーだ!鈴木さんも俺と同じで孤独を抱えて生きている。
鈴木さんの声が震えるのを聞きながら、俺の心が奇妙な興奮に襲われる。
「それ、イマジナリーだよ!」
「え、なに......イマジナリー?」
「そう!イマジナリーは鈴木さんの頭の中に存在する世界の事だよ」
「どういうこと?私の頭の中には世界が存在するの?」
鈴木さんは怖がっている....というより、理解しきれない混乱の表情だった。
無理もない、こんな変な話。急に信じられる筈がない。
「鈴木さん、落ち着いて。まずは場所を変えよう」
俺は誰も使われていない空き教室へ鈴木さんを案内した。
そこは以前、山田や他のクラスメイトが俺を連れ込んで、集団虐めを行っていた場所だ。
鈴木さんもその場にいた一人だった。
その空気はドンヨリとしていて気まづさを感じさせた。
「(勇者)さん、あの時はあんなこと言ってごめんなさい。私ストレス溜まってたみたいで.....。」
「別にもういいよ、俺もう気にしてないよ」
以前、臭いので学校に来ないでとストレートに言われたあの時は確かに俺の心は傷ついた。
でも、今こうやって真摯に謝ってくれた鈴木さんの謝罪を俺は敬意を示して許した。
俺はもうそこに関してこだわりはない。
そんな事より、今は鈴木さんのイマジナリー世界の話の方が気になった。
「そんな事より、さっきの続きいいかな?」
俺は空き教室の窓際にもたれ、話を戻す。
鈴木さんの手はずっと止まっていて、何が起きているのか分からないという困惑さを感じさせた。
俺は鈴木さんの手をそっと握り返し、落ち着かせるように微笑んだ。
「大丈夫、イマジナリー世界は怖い場所じゃない。そこは鈴木さんの心を落ちつかせ、癒す場所なんだ」
俺は鈴木さんの不安を和らげようと、深呼吸をしてみせた。
「その世界にアクセスするには、ちょっとした.....特殊な呪文が必要なんだ。」
「じゅ、呪文.....?」
俺は誰にも聞こえないように声を潜め、小さな声で言った。
「その呪文は、俺たちだけの秘密にできる?誰にも言わないって約束してくれる?」
鈴木さんは小さくコクリと頷いた。
その瞳は、怯えよりも興味に満ちているように見えた。
「(邪王暗黒ROCKON。)これを唱えて、目を閉じて深呼吸をする。そして、目を開ければそこは、イマジナリー世界――つまり君だけの王国さ」