二人の少年
「お兄ちゃん!やっと、会えた」
前に立つ、幼き少年が歓喜の声で言った。
「僕たち、ずっと暗闇を彷徨ってたんだ。でも、ある日遠くに光が見えた気がして、追いかけてたら、途中で後ろのシンくんと出会って、一緒にここまで来たんだ!」
「そういうことらしいですわ」
ニアが割り込む。
「サブ様、シン様、よろしくお願い致しますね」
目印に気づくなんて馬鹿げた話と、半信半疑だったが、現に二人の少年が今、その光を見つけ、この場所に辿り着いている。
イチカが同じ光を見つけ、この場所に辿り着く可能性が、ほんの少し高まった気がした。
胸の奥で張り詰めていた何かが、そっと緩むのを感じ、安堵する。
「ねえ。僕達も、この大きなマンション使ってもいい?」
サブが無邪気な笑顔で尋ねる。
「もちろんだ。ただし、条件がある」
「条件?」二人の目が丸くなる。
「友達になってくれるなら、このマンションを貸してやる」
シンとサブはキョトンとした顔でお互いを見合った後に、満面な笑みで「もちろんだよ!」と声を揃えた。
その純粋な返答に、俺の心は軽くなった。
シンプルな、確かな喜びが広がった。
サブは103号室、シンは104号室を選んだ。三人とも、暗黙の了解のように101号室を空けた。
イチカのために、誰もがその部屋を取っておいてくれる。
ニア、サブ、シン。彼らには、見えない優しさが宿っていた。
現実世界――
病室に戻ると、しばらく静寂だった。
やがて、カツカツと高貴な足音が近づいてきた。
振り返ると、そこには母が立っていた。
目元はわずかに赤く、泣き腫らした痕が残っていた。
「帰るわよ、(勇者)。」
帰り道、車内には気まづさと言うよりも、重い無言の圧が満ちていた。
母の横顔は硬く、俺には後悔が滲んだ。
「お母さんごめん。さっきは怒鳴ったりして」
「別にもう気にしてないわ。ただ、夜は薬ちゃんと飲みなさいよ」
薬か――その言葉に頭の中ではあのメッセージが蘇る。
あのメッセージが俺の心にいつだって絡みつくように囁いていた。
だめだ...飲めない、怖くて飲めないのだ。
だが、ここで逆らうと先程のようになってしまう。
「うん。わかったよ、母さん。」
そう答えたが、頭の中では別の決意が固まっていた。
バレないように、薬を飲まずに済ませようと言う決意だ。
その夜、俺は薬を鞄の中にバレないように閉まった。
どうしても、飲む気にはなれなかった。
そんな時サブがイマジナリーから明るい声で飛び込んできた。
「ねえねえ、お兄ちゃんの好きなイチカお姉ちゃんってどんな人なの?」
俺はサブの突然の発言にドキリとする。
「す、すき!?な....っ。なんでそんなこと聞くんだよ!」
「だって、イチカお姉ちゃんの事になるとお兄ちゃんとっても必死だし、ニアちゃんがお兄ちゃんの彼女って言ってたよ?」
ニアが薄らと鼻で笑う声すら聞こえてきた。
あの野郎、イチカのことなんて見たこともないくせに、勝手に話を盛ってやがる。
「好きだ。確かにすきだけど、まだ正式には付き合ってない。」
「えー?なにそれ!面白いね!今からイマジナリー世界で恋バナしようよ!」
恋バナ...。多くの人が経験をしていて、青春を謳歌するものだけが許されるようなその言葉....
俺にとっては経験したことのない、封印されしもの。
こんな話を友達と笑いながらするなんて、現実世界では考えられない無縁の言葉。
こんなの、イマジナリーでしか味わえない特別な時間……。
「早く早く!」サブは俺を急かすように言った。
俺は、されるがままにイマジナリーに繋がる呪文を唱えた。
「邪王暗黒LOCKON!」
イマジナリーに身を投げると、サブとシンの二人が、拍子抜けたような、微妙な苦笑いを浮かべていた。
「どうしたんだ?するんだろ、恋バナ」
「あ、うん!する、しよう恋バナ」
サブが慌てて返事をするが、どこかきごちなかった。
俺が呪文を唱えると、妙に気まづい空気になるのは一体何故だ?
そんな気まづさを吹き飛ばすように、サブが身を乗り出した。
「それでイチカお姉ちゃんとはどこまでいったの?」
「何を言ってるんだ。サブ」
「恋バナだから、そういう話は基本中の基本だと....思います。」
そう発言したのはシンだった。
物静かな奴だとは思っていたが、こんな話題で声を上げるなんて、案外可愛いらしい奴だ。
少し幼げなその口調に、つい口元が緩む。
「ふーん、そういうもんか。まあ、手を繋いだり、抱き合ったりはしたかな」
「だ、抱き合った!?」
三人は同時に声を上げた。
「な、なんだよ。その反応」
ニアの声が一番弾んでいた。
「そこまで進展していたのですね。微笑ましいですわ」
「待て、待て!お前ら、なんか変な勘違いしてないか?抱き合うってそっちの意味じゃないぞ!」
抱き合うをまさかセックスだとこいつら勘違いしているのか?俺は慌てて否定をしたが、三人はニヤニヤしていた。
「へー?」
揶揄うようにわざとらしく目を細めて言ったのはサブだった。
俺の言葉を信用していないような物言いだ。
その後も、夜が明けるまで俺たちはイチカと俺の恋バナをした。
サブの無邪気な質問、シンの意外な突っ込み、ニアの揶揄うような笑い声。
くだらないと思っていたやり取りは、俺の中でイチカに早く会いたいという思いが、静かに膨張していくばかりだった。