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頭の中でレディは殺された  作者: 華矢
二章 彼女の名前はイチカ
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二人の少年





「お兄ちゃん!やっと、会えた」


前に立つ、幼き少年が歓喜の声で言った。


「僕たち、ずっと暗闇を彷徨ってたんだ。でも、ある日遠くに光が見えた気がして、追いかけてたら、途中で後ろのシンくんと出会って、一緒にここまで来たんだ!」


「そういうことらしいですわ」

ニアが割り込む。

「サブ様、シン様、よろしくお願い致しますね」


 目印に気づくなんて馬鹿げた話と、半信半疑だったが、現に二人の少年が今、その光を見つけ、この場所に辿り着いている。


イチカが同じ光を見つけ、この場所に辿り着く可能性が、ほんの少し高まった気がした。

胸の奥で張り詰めていた何かが、そっと緩むのを感じ、安堵する。


「ねえ。僕達も、この大きなマンション使ってもいい?」

 サブが無邪気な笑顔で尋ねる。


「もちろんだ。ただし、条件がある」



「条件?」二人の目が丸くなる。

「友達になってくれるなら、このマンションを貸してやる」 

シンとサブはキョトンとした顔でお互いを見合った後に、満面な笑みで「もちろんだよ!」と声を揃えた。

その純粋な返答に、俺の心は軽くなった。

シンプルな、確かな喜びが広がった。



サブは103号室、シンは104号室を選んだ。三人とも、暗黙の了解のように101号室を空けた。

イチカのために、誰もがその部屋を取っておいてくれる。


 ニア、サブ、シン。彼らには、見えない優しさが宿っていた。



 現実世界――

病室に戻ると、しばらく静寂だった。

やがて、カツカツと高貴な足音が近づいてきた。

振り返ると、そこには母が立っていた。

目元はわずかに赤く、泣き腫らした痕が残っていた。


 「帰るわよ、(勇者)。」


 帰り道、車内には気まづさと言うよりも、重い無言の圧が満ちていた。

母の横顔は硬く、俺には後悔が滲んだ。



「お母さんごめん。さっきは怒鳴ったりして」

「別にもう気にしてないわ。ただ、夜は薬ちゃんと飲みなさいよ」


 薬か――その言葉に頭の中ではあのメッセージが蘇る。


あのメッセージが俺の心にいつだって絡みつくように囁いていた。


だめだ...飲めない、怖くて飲めないのだ。

だが、ここで逆らうと先程のようになってしまう。


「うん。わかったよ、母さん。」


 そう答えたが、頭の中では別の決意が固まっていた。

バレないように、薬を飲まずに済ませようと言う決意だ。







その夜、俺は薬を鞄の中にバレないように閉まった。

どうしても、飲む気にはなれなかった。

そんな時サブがイマジナリーから明るい声で飛び込んできた。


「ねえねえ、お兄ちゃんの好きなイチカお姉ちゃんってどんな人なの?」


俺はサブの突然の発言にドキリとする。

「す、すき!?な....っ。なんでそんなこと聞くんだよ!」


「だって、イチカお姉ちゃんの事になるとお兄ちゃんとっても必死だし、ニアちゃんがお兄ちゃんの彼女って言ってたよ?」


ニアが薄らと鼻で笑う声すら聞こえてきた。

あの野郎、イチカのことなんて見たこともないくせに、勝手に話を盛ってやがる。


「好きだ。確かにすきだけど、まだ正式には付き合ってない。」


「えー?なにそれ!面白いね!今からイマジナリー世界で恋バナしようよ!」


恋バナ...。多くの人が経験をしていて、青春を謳歌するものだけが許されるようなその言葉....

俺にとっては経験したことのない、封印されしもの。


こんな話を友達と笑いながらするなんて、現実世界では考えられない無縁の言葉。

こんなの、イマジナリーでしか味わえない特別な時間……。


「早く早く!」サブは俺を急かすように言った。


 俺は、されるがままにイマジナリーに繋がる呪文を唱えた。


「邪王暗黒LOCKON!」


 イマジナリーに身を投げると、サブとシンの二人が、拍子抜けたような、微妙な苦笑いを浮かべていた。


「どうしたんだ?するんだろ、恋バナ」


「あ、うん!する、しよう恋バナ」


サブが慌てて返事をするが、どこかきごちなかった。

俺が呪文を唱えると、妙に気まづい空気になるのは一体何故だ?

 そんな気まづさを吹き飛ばすように、サブが身を乗り出した。


「それでイチカお姉ちゃんとはどこまでいったの?」


「何を言ってるんだ。サブ」


「恋バナだから、そういう話は基本中の基本だと....思います。」


そう発言したのはシンだった。

物静かな奴だとは思っていたが、こんな話題で声を上げるなんて、案外可愛いらしい奴だ。

少し幼げなその口調に、つい口元が緩む。


「ふーん、そういうもんか。まあ、手を繋いだり、抱き合ったりはしたかな」



「だ、抱き合った!?」



三人は同時に声を上げた。


「な、なんだよ。その反応」


 ニアの声が一番弾んでいた。


「そこまで進展していたのですね。微笑ましいですわ」


「待て、待て!お前ら、なんか変な勘違いしてないか?抱き合うってそっちの意味じゃないぞ!」


抱き合うをまさかセックスだとこいつら勘違いしているのか?俺は慌てて否定をしたが、三人はニヤニヤしていた。

「へー?」

揶揄うようにわざとらしく目を細めて言ったのはサブだった。

俺の言葉を信用していないような物言いだ。

その後も、夜が明けるまで俺たちはイチカと俺の恋バナをした。

サブの無邪気な質問、シンの意外な突っ込み、ニアの揶揄うような笑い声。

くだらないと思っていたやり取りは、俺の中でイチカに早く会いたいという思いが、静かに膨張していくばかりだった。






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