薬を飲むな
瞼が重く、目を見開くと、そこは見慣れない白い天井と不穏な音が聞こえる見知らぬ病室だった。
「しっかりしてくださいな!(勇者)様!」
ニアの甲高く、うるさい声が頭の中から聞こえてきた。
どうやら俺はあの時気を失ったらしい。
ニアはずっと俺を呼びかけていたのだろうか。
「良かった。(勇者)目を覚ましたのね」
突如として聞こえてきたのは頭の中からではなく、現実世界の声だった。
横に視線を滑らせると、そこには母がいた。
穏やかだが、疲れを帯びたような母の声だ。
どれ程俺は眠っていたのだろうか。
時間も状況も、なにもかも把握出来ていない。
「お母さん....。俺、何があったの?」
母は静かに近づき、俺の手をそっと握った。その温もりに思わず驚愕してしまう。
何かの間違いかと思った。
「薬.......なんで飲まなかったの?」
母の視線を辿ると、病室の机に、俺が隠し持っていた、錠剤が無造作に置かれていた。
隠していた筈のものが、俺を責めるようにそこにあった。
そうか、薬を飲まなかったから俺は倒れたのか……?
真偽は分からないが、「薬を飲むな」あの得体の知れないメッセージが、俺の背後にいつだってまとわりついていた。
怖くて飲めないでいた。
「ごめん、お母さん。つい、忘れてただけ。」
もちろん、あの意味深なメッセージや、イマジナリーのことは口にできない。
言えば、母は俺を本気で狂ったと思うだろう。精神科送りなんて、冗談じゃない。
だが、母はぎょろりとした目で俺を見た。
疑いの目だ。
「忘れてた...?馬鹿言わないでちょうだい。貴方を良くするために必要な薬をなぜ飲まなかったのって聞いてるのよ!」
「うるさいな!俺の勝手だろ!!!」
母は、俺の怒鳴り声に呆然としていた。
俺は多分ストレスが溜まっていた。
母に怒鳴った事は人生で初めてだった。
学校での虐め、イチカの原因不明の失踪、そして休日に偶然見かけた鈴木さんの姿――いろんなことが同時に積み重なり、俺の心は壊れてしまっていた。
「そう.......。勝手にしてちょうだい。」
叫んだ瞬間、病室に重たい静寂が落ちた。
母は、怖い顔だった、でも同時に悲しそうな表情もしていた。
母は静かに背を向け、病室の扉を閉めて出て行った。
俺はベッドの上で深い溜息を吐き、身体が重く沈んだような感覚になる。
ニアの声が再び頭の中に割り込んだ。反射的に身を起こす。
「お取り込み中の所、申し訳ごさいませんが、朗報です。イマジナリーの目印に気づいた者がいますわ」
「イチカか?」思わず声を上げたが、ニアは静かに首を横に振った。
「いいえ、男の子でした。ですが、(勇者)様に会いたがっております。一度イマジナリーへ起こしください。」
イチカではないと聞いて落胆したが、目印に気づいた者がいるという事実に、かすかな希望が湧いた。
イマジナリーは嘗ての闇を脱し、今はほのかな光に満ちている。
その光の中、俺を待つ二人の少年がいた。
「え?二人?」
目の前に見える少年は、一見すると年下に見えた。
その背後には、もう一人臆病そうな少年が縮こまるように立っている。