花のようなレディ
朝の陽射しは、校舎の向こうで揺れていた。
道端に一輪咲くタンポポを見つけては、イチカの事を思い出す。
イチカの笑顔も、こんな風に柔らかくて、でもどこか儚かった。
イチカ...それは俺が名付けた名前だった。
一輪の花、散ってしまうにはあまりにも美しい存在。
そんな意味を込めた筈なのに、呆気なく散ってしまうなんて。
登校中のこの道、いつもイチカがイマジナリー世界から勇気づけてくれた。
「(勇者)下を見て綺麗なタンポポが咲いてるわ」
と、タンポポを見つけてイチカは無邪気に喜んでいた。
そんな彼女に俺は、「こんなの雑草だろ」って返したけど、イチカは違った。
「でも、強いよね。こんなに小さな花なのに」
って微笑むように言っていた。
俺の頭の中で、どんな小さな花でも愛おしそうに語る存在だった。
俺は学校なんかに行きたくなかった。
朝、角を曲がる度に、足が重くなるのが自分でも感じ取れていた。
制服の襟を強く握りしめて溜息を吐く。
教室の嫌悪な空気、俺を軽蔑するようなあの視線、ひそひそと話す誰かの声、そのような漂う空気は俺のを心を疲弊させる一方だった。
でもイチカはそんな時、「頑張って学校に行こう」って笑ってくれたっけ、俺は苦笑いで「うん。そうだな」って呟くだけ。
イチカは、俺の逃げ場だった。
この息苦しい現実から、そっと守ってくれるイマジナリーの唯一無二である存在だった。
昨日も...イマジナリーでイチカは言っていた。
「綺麗だよね、花って」
でも今日イマジナリー世界で、イチカは息を引き取った。
冷たくなって、動かなくなって、考えるだけで頭がぐちゃぐちゃになる。
俺はタンポポをじっと見つめた。
イチカなら、この花にどんな名前を付けたのだろうか。
俺がイチカに名前を付けたように、きっとこの花にも、優しい名前を付けるんだろうな...。
指で小さくタンポポに触ると、頼りなさげに揺れた。
こんな小さな花が、こんな場所で生きるなんて、イチカの言う通りだ、強いな。
でも、イチカはもうイマジナリー――頭の中にさえいなくなってしまった。
「イチカ……ごめん」
そう呟いてみたが、朝の風にかき消された。
今もイマジナリー世界で犯人が平然と生きているのか、それとも俺の頭が完全におかしくなってしまったのか、分からない。
今俺に出来ることは、タンポポをただ見つめるだけではない。
一刻も早く、イチカ殺人犯の真犯人を見つけることだ。
校門が近づく、俺が嫌がるあの場所にまた足を踏み入れる。
振り返ると、タンポポはまだそこにあった。
俺もあの花のように強くならなくちゃ、だな。
──
教室に入ると喧騒が繰り広げられる中で、俺は即座に席に着いた。
本を開き、読書を装いながら、誰にもみられないよう、イマジナリーの世界に行く。
――
「だから僕はやってないってばっ!」
「私もやってないですわよ?貴方が今1番怪しいのはご理解頂けます?」
サブとニアの口論に苛立ちを覚える。
「お前らまだ争ってたのか?一刻も早く殺人犯を見つけろって言っただろ!?」
「でも僕は本当に殺人なんてしてないってば!」
その時授業の合図であるチャイムの音が鳴った。
キーンコーンカーンコーン
なんと言う忌々しい音だろうか。
聞いているだけで腹が立ってくる。
クラスメイトが席に戻る音が次々と俺の耳に聞こえてきた。
「授業を始めるぞ、全員着席!」
先生の声に慌てて俺は、現実世界に意識を戻した。
イマジナリーにいる間、俺は周りから見れば寝ているようにしか見えない状況だ。
それがバレたら少し面倒だ。
「授業が終わるまでに犯人を見つけておけ!」
俺は、現実世界の周囲に聞こえないよう、尚且つ、イマジナリー世界にいる四人だけに聞こえるような小声で呟き、ノートを開いた。
授業中、俺はノートにイマジナリー世界で起こった事件を整理した。
・4時半頃、ニアは食事処でミートソースパスタを食い、5時頃には自室に戻る。
・そしてその数分後、5時ちょっと過ぎくらいに、サブは食事処へ行き、イチカの遺体を発見。
・5時55分俺にイチカの死をサブが俺に報告をする。
犯行は恐らく、5時から5時半の間と推測される。
だが、幾つか疑問が浮かぶ。
先ず、ニアがパスタを食べるのに三十分もかかるか?そんな悠長な朝食があるかよ。
俺は五分で食べれるぞ?それに、サブがニアのパスタを食べていたことを、知っているのは何故だ?
そして、このタイミングで「冬眠中」のロンも非常に怪しい。
そもそもイマジナリーの住民が、イチカを殺す動機は何か?イチカは恨みを買うような人間じゃなかった筈だ。
考えれば考える程、頭がこんがらがる。
「おい!この問題を応えろと言っているんだ!!」
あまりの集中力に教卓に立つ先生の声すら右から左へ受け流していた。
俺は慌てて視線を黒板に戻したが、そこには見慣れない数式が海のように広がっていた。
「えっ...すみません...わかりません」
クラス中が笑いに包まれたが、決して良い意味では無いだろう。
隣の席の女子がクスッと笑いを噛み殺すのさえ聞こえた。
俺は今二つの戦いに直面している。
一つはイマジナリー世界でのイチカの殺人事件。
もう二つ目は...現実世界であるこの教室に繰り広げられる、俺への冷ややかな視線と嘲笑───虐めだ。
どちらも俺の心を悩ませている。