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頭の中でレディは殺された  作者: 華矢
二章 彼女の名前はイチカ
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彼女の行方





─────




トイレに篭もり、俺はお決まりの呪文を唱え、イマジナリーへと潜った。

だが、そこにイチカの姿はない。

辺りは幽邃な闇に閉ざされ、誰もいない。

ただ無限の闇の暗黒が広まるばかりだった。


「イチカ。返事をしてくれ。頼む」


冷たく湿った空気の中をまるで自分の存在を確かめるかのように一歩一歩進む。

だが、イチカの気配は微塵も感じられない。このイマジナリーはブラックホールのように俺を飲み込み、孤独感で心を締め付けた。

見ず知らずの闇に疲れ果て、俺は一旦現実世界に戻った。



「イチカ、お前は一体どこに行ってしまったんだ……」



胸にぽっかりと空いた穴が、彼女の不在を嘲笑うようだった。



イチカは出会って間もないが、俺の全てだった。

イチカの笑顔、イチカの声、イチカが俺の手を握る温もり……。

その全てが俺の一部だ。

もし、イチカが現れなかったら俺は半身を失った亡魂も同然だ。

決して許されない。

あってはならない事実。



だが、.....少しだけ安堵したのは、イチカはあの時、山田達に押さえつけられて拷問のような状況の中、彼女は俺を放置したわけではなく、なんらかの理由で指示ができない状況に陥っていたと分かった事だ。




 下校中も、夕飯の冷凍オムライスを一人で済ませている最中もイチカの事でいっぱいだった。

一番考えてはならないのはイチカが消えてしまったと言う事だ。

最悪の可能性を振り払い、俺が今考えるべき事は、何故イチカが突然姿を消してしまったのか、そしてどうやったら元に戻るかという事だ。


考えに耽っているうちに、夕食はあっという間に終わっていた。



答えは見つからないままトイレに篭もり呆然としているとふと、トイレットペーパーにマーカーペンで殴り書きされたような文字が目に入った。

慌ててペーパーをぐるぐると巻き、目を懲らす。

それはまるで、幼児が初めてひらがなを綴ったかのような、拙くて乱雑な文字だった。

注意深く観察するとそれは「くすりをのむな」そう書かれてある気がする。

気がするというのは、読みにくく、解読がしずらかった。

正しくは、「薬を飲むな」とも読める。


 これは……イチカの文字か?いや、イチカがこんな汚らしい字を書くわけが無い。

では一体、この禍々しい文字は誰のものだ?

この家には俺と母しか家にいない。

母は仕事で家を出る直前に俺を起こして出勤をした。

俺が今朝トイレに来た時にはこのような文面は書いてなかった。


では、これは一体誰が何のために書いたのだろうか。

このメッセージの書き手は、俺が薬を飲んでいることを知っている。

もしかすると、イチカの失踪と何か関連があるのでは?そんな可能性が能裏をよぎった。


そもそも俺が飲んでいる薬は精神科で処方されたちゃんとした薬だ。

決して悪い薬ではない筈だ。

母によると、俺は夜な夜な眠っている間に、

「殺すぞ」


「裏切り者」


「死ね」と、罵詈雑言をひたすら叫び続けているらしい。



俺自身そんな叫んだ記憶は全くないが、おかげで睡眠不足症候群と言う診断を受け、精神科通いを強いられている。

原因は日頃の過度なストレス。

確かに虐めが始まったぐらいからこの症状が出始めたきがする。



その薬を飲むなとはどういう事だろうか。

イチカと何か関係があるのか?




それを確かめるため、俺は食後の薬を飲むのを一切やめた。

薬は主に、朝食に2錠、昼食に1錠、夕食に2錠




多忙な生活の母とは食事を一緒に取らない為、薬を飲まなくてもバレないだろう。

そう思った俺は薬を飲むことを一時的に辞めてみることにした。

イチカを取り戻すには、これが俺に出来る唯一の方法だった。








薬を飲むことを辞め約1ヶ月程経った今朝の事。


俺はいつものように寝そべり、片手にゲーム機、もう片方の手でジャンクフードを頬張っていた。

決して、イチカの事を忘れたわけでは無い。

忘れようにも、忘れられないのだった。

突然現れた矢先に消えてしまったイチカの存在に少し動揺をしてしまっていた。

歯を磨き、宿題を終え、ベッドへダイブする。

寝る前に、また少しゲームをやると、画面上に通知が表示されたのだ。


(賢者杜若がオンラインです)胸にチクリと刺さる感覚。



杜若は、俺の唯一の友達だった。

オンライン通知の表示をオフにするやり方が未だ分からない俺はただ無視するしか無かった。だが、嫌でもその名前が目に入る。

俺はゲームを中断して、深い溜息とともに、目を閉じた。






母が朝起こしてくる6時前、甲高い女性の声がイマジナリー世界から現実へ聞こえてきた。


「(勇者)様...。返事をなさって下さいますか?」


眠っていた俺は、夢か現実が交錯する中、その声は次第に大きく切迫した。


「今すぐ起きてくださいますか?」


ほんの一瞬イチカの声だと期待したが、気高く、優雅な口調がどこかの姫君のようで、イチカとは異なる。

必死に彼女は俺からの返事が来るまで、焦った様子で騒いでいた。


「返事をなさって下さい。お願いしますわ」


「....誰?」


震える声を抑え、心のどこかでイチカである事を願いながら言った。



「良かったですわ。私の声が聞こえるのですね。心より安心致しました。」


「....質問に答えてくれ。お前はイチカじゃないよな?」


「イチカ?それは誰なのですか?わたくしはニアと申しますわ。お見知り置きを」


「イチカはイマジナリーに存在する俺の彼女だ。お前は何者だ?」


「失礼致しました。イチカ様は(勇者)様の愛人でしたのですね。でしたら私もイチカ様と同様イマジナリー世界の住民でございますわ」


突然現れたニアという女はそう言ったのだ。


イチカ以外に他の仲間が居た事に俺は面食らった。


「イチカの仲間なら、今イチカが何処に居るのか分かるのか!?」


「申し訳ないですが、イチカ様とは同じ世界を生きていても、面識の無い赤の他人ですので、居場所までは分かりませんが、きっと今も暗闇の中を彷徨っているのでしょうね。先程のわたくしもそうでした」


淡々と物語ニアに落胆した俺の頭は、まるで古いパソコンがフリーズしたかのように停止したのだ。

暗闇の中を彷徨っているイチカを想像しようとしても脳が追いつかなかった。



「じゃあ...イチカは永遠に俺の頭の中で宛もなく彷徨い続けるって...ことかよ。」



「必ずとは保証できませんが、イチカ様をこちらに"招く"という事はできるかもしれません」



「俺達がイチカを見つけ出す方がどう考えても手っ取り早いだろ」



「そのような事をしてはいけません!!イマジナリーの世界は暗闇であり、膨大に広がっているのです。例えるなら恒星や惑星の存在しない宇宙みたいなものです。安易に出歩くのは迷ってしまい、大変危険ですわ。ぜひ、そのような考えはおやめ下さい」


「...じゃあどうやってイチカをここに招くんだよ」


ニアはニヤリと笑って見せた。

幼い少女のように手をクルクルと回しながら、意気揚々と言った。


「イチカ様に気づいて貰えるように目印を此処に建てるのです!イマジナリーに目印となる目立つ建物や輝きのある光を目印としてここに建てれば、きっとイチカ様や、他の仲間たちも此処に集まることができるのです!と言っても、目印の付け方分かりませんよね?一度こちらに来て貰えます?」


ニアの言う「こちら」とは、間違いなくイマジナリー世界を指しているのだろう。

彼女の気取った口調に、俺の頭は疑問で溢れかえっていた。



何故イチカは突然消えたのか、目印とはなんだ、ニアは何者なのか、トイレットペーパーに隠された不気味なメッセージは何を意味するのか。



――それを書いたのは、このニアという女なのか?

だが、今はそれらを問い詰めるよりも、イマジナリーで直接話すしかない。

心のどこかでイチカの笑顔がチラつき、イチカを取り戻したいという焦りが、俺を突き動かした。



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