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頭の中でレディは殺された  作者: 華矢
二章 彼女の名前はイチカ
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俺の救世主







実体は教室にいる中、意識はイマジナリー世界へと飛ばした。




「ありがとう。私の指示に従ってくれて」


「本当に君は何者なんだい?」



「(勇者)の救世主」



近づこうとするイチカを俺は初めて拒んだ。

そんな俺の行為に彼女は目を丸くさせていた。



「イチカ、お前に嗅覚は無いのか?」



イチカは俺を不思議そうに見た後、首を傾げる。

何故どうして?と言わんばかりの顔だ。



「私は(勇者)と同じように目と鼻と口があるの。だから当然嗅覚もあるわ」



「では何故俺に近づこうとする?....臭いだろ。君が可哀想なんだ」



 イチカは首を傾げ、突然泣き出してしまった。その罪悪感は大きい。



「ひくっ……(勇者)の匂いも顔も性格も身体も全て好きなのに、何で自分を下げるようなこと言うの?」



「なっ..泣くなよ!嬉しいよ、イチカが俺を愛してくれて、俺の為に泣いてくれてるの、素直に嬉しい!」



イチカの涙を見ていると苦しくなる。

彼女がいなければ、きっと俺の心はズタボロに壊れてしまう。



「私はあなたをいじめるクラスメイトを許せないの。(勇者)がこんなに苦しんでるのに、こんなに貴方は頑張っているのに」



「俺のことは気にしないでくれ。長年あいつらに虐めの言葉を投げかけられてきたが、俺はそれを耐え抜いてきたんだ」



「(勇者)が我慢をする意味が私には分からないの。でも大丈夫私に従えば全てを終わらせることが出来る。ねえ、その気になればアイツらを消すことだってできるのよ」



 消す……?イチカの眼差しは本気だった。

消すって何を?って聞こうとした時にはイチカが先に口を開いた。




「待って!今先生がこっちに向かって歩いてきてる。現実世界に早く戻って!」




俺はイチカに言われた通りに急いで現実世界に戻り目を覚ました。

厳密に言えば目を覚ましたのではなく、現実世界に意識を飛ばした。



先生は本当にこちらに向かってきて俺の方をじっと見ていた。



焦った...あと少しで寝ているところ(イマジナリーにいること)がバレるところだった...。


やはり、イチカは本当に凄い。

俺の想像の斜め上を行く。

イチカが好きで堪らない。

イチカに従えばこれからどんな困難さえ乗り越えていける気がしてきた。

俺には分かる。







休み時間、聞きなれた声に、呼びかけられた。



「(勇者)ちょっといい?」



その声に身体が一瞬硬直した。

嘗てのゲーム友達、杜若みやすけ───(賢者)と名乗っていたやつだ。

だが、今のそいつの声には、昔のような温かさは無かった。

どこか冷たく、まるで俺を試すような佇まい。

それでも素直に話しかけてくれた事が、嬉しかった。

馬鹿みたいだよな。だって、こいつこそが、俺への虐めの元凶なのに。






杜若に連れられた先は、今は使われいない古い教室だった。

埃っぽい空気と、使われていない机の冷たさが、恐怖心を煽った。

何をするつもりなのか、さすがの俺も意味がさっぱり分からない。

だが、直ぐにその「意味」は、明らかになった。

ドアが開く音とともに、俺の事を虐めてきた五人組が次々と教室へ入ってきたのだ。

その一人に先程笑いものとなった山田もいた。

杜若を含めたそいつらの目は、まるで獲物を囲む獣のようだった。



「動くなよ。大人しくしてろ」




そう言って俺を強く押さえつけてきたのは山田だった。相当恨みがある顔をしている。

怖い。


次の瞬間、俺の腕は無理やり持ち上げられ、ワイシャツの脇が全員の視線に晒されたのだ。なんという屈辱だ。



「ほんとに黄ばんでんじゃん、笑えるんだけど」



「ガチでこいつワキガだったんだな」



「アンモニアの匂いがした時点でワキガ確定だろ」



数々の罵声を俺は全員から浴びせられた。

抵抗しようと必死に踠くが、山田の力は思ったよりも強くて動けなかった。

いや、どこかで抵抗する気力さえ失っていたのかもしれない。

泣きそうな目に力を込め、俺はただひたすらにイチカの声をそっと待った。



あの脳内に優しくこびりつく、いつも俺を救ってくれるイチカの指示を。



だが、イチカは黙ったままだった。



「ほんと、臭いので.....学校来ないでくれる?迷惑してるんです、私達」



その言葉を口にしたのは、隣の席の鈴木さんだった。元々好意を寄せていた子だ。



彼女の申し訳なさそうな顔が、俺の胸に突き刺さった。



入学してすぐに俺に消しゴムを貸してくれた鈴木さんの声は優しかった。だからこそ、その言葉は殺人級の苦しさがあった。

涙がこぼれそうなのを俺は必死で堪えた。

ここで泣いたら、馬鹿にされてしまう。



「ほら、女子にも言われてんだから学校来んなよ。勉強できて調子乗ってる感じも含めて全てが気持ち悪いんだよ」



ちょっと待てよ..。俺はこの状況にも関わらず、ちょっとしたツッコミを入れたくなった。

俺は頭良くない。

眼鏡をしているから勝手に知能が高いと勘違いされているのか?




そんなことを考えている合間にも、陽キャ集団の一人である神山が追い打ちをかける。


しかし今も尚、イチカからの指示は依然としてない。


俺はただ俯きながら、黙り込むことしか出来なかった。

俺が何よりも辛いのは、この集団の中に杜若がいる事だ。

杜若、俺の唯一の友達だった男。

俺たちは昔、同じゲームを共にやった仲だった。




「戦を共に悪魔を友に」あのゲームを放課後一緒にプレイした日々は偽りだったのか?あのゲームで俺は(勇者)、杜若は(魔王杜若)と名乗っていた。

自分の苗字と魔王を組み合わせた厨二病全開の杜若の名前を見た時は、帰ってから笑ったっけ。


夜中、親にバレないようにコソコソとチャットしながら協力して敵を倒したあの時間は俺にとっては宝物だったのに。

杜若の大袈裟な口調や、「我が魔王を魔力で倒し世界を救う導きとする!」なんて恥ずかしくてふざけたセリフを言い合った事は忘れもしない。



だが今、その杜若はここには存在しない。

このふざけたグループの輪に加わって、虐めに参戦いるなんて、信じられなかった。




今の杜若の顔は俺達のやっていたゲームに出てくる敵キャラ「ラファエル」が、暴走した時の顔そのものだった。



彼の目は楽しそうな目をしている。

あのゲームで一緒に戦った「魔王杜若」は、今やどこにも居ない。





そして、最も辛いのは、イチカは完全に沈黙しているという事だ。

いつも俺を導いてくれたイチカはどこに行った?

まさか、俺を見捨てたのか?いや、有り得ない。そんな筈は無い。有り得ない。有り得ない。有り得ない。有り得るわけがない。





頭の中でノイズのような音が聞こえた時、教室の前に人影が見えた。

ガラス戸越しに見えるシルエットは、ガタイの良い男性教師のものだった。

山田達は動きを止め、俺をすかさず突き放した。

「何も言うなよ」


神山が小声で脅す。

恐怖で身体は硬直し、俺はただ頷くしかなかった。

教師は俺達に気づかず、そのまま通り過ぎて行く。

チャイムの音が鳴って、その場にいた集団は何事も無かったかのように、次々と教室へと戻って行った。



自由になった俺の身体は、まるで糸が切れた操り人形のようだった。

床に座り込み、ゆっくりと深呼吸をした。



イチカの指示...いや、声すら、最後まで聞こえてこなかった。




一体イチカの身には何が起きたのか....。







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