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頭の中でレディは殺された  作者: 華矢
二章 彼女の名前はイチカ
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私の指示






教室に足を踏み入れると、朝先生が居ない教室は、いつもと同じように喧騒が広がっている。



教科書を開く音や、友達同士の笑い声、窓の外から聞こえる工事現場の音。




でも、俺にとってはそんな日常の音さえ、どこか遠くに感じられた。



何故なら、俺の周囲にはいつもあの白い目で見る視線と、俺のことを含み笑うような雰囲気がまとわりついていたからだ。



廊下を歩けば、「なんか臭った?この辺」と囁かれ、体育の着替えではわざとらしい咳払いをされる。


だって俺はワキガだから。

最初は認めたくなかった。自分は今までワキガだと思っていなかった。


と言うのも、自分では匂いは全くと言っていいほど、分からない。

俺がワキガだと言われ始めたのは、ごく最近であり、1週間程前だった。



小学校の頃、嘗て俺のたった一人の友人だった男とゲームきっかけで仲良くなり、同じ中学を入学した。

俺とあいつは、お互いあだ名で呼び合うような永遠の中とも言えた。

俺はそいつの事を気づいたら(賢者)と呼んでいた。

だが、今はもう友人では無くなってしまった。

俺がワキガだと言うことを広めたのは紛れもなくそいつなのだから。



最初は、目の前の真実を認めたくなかった。

毎日が息苦しくて、教室に入るたびに心臓も身も全身が縮こまるような気がした。





その日の休み時間も、教室でいつものように俺は一人、机にうつ伏せになっていた。

すると後ろの席に座る一軍リーダーである男子が、ニヤニヤしながらこっちに近づいて来る気配を感じ取った。

そいつはクラスの中心にいるような存在で、揶揄うのが趣味な最悪野郎だ。



「おい(勇者)、今日もいい匂いしてんな。」



陽キャクラスメイトはわざと大声で言って、それに応じて周りの奴らもケラケラと笑いだした。


俺は顔を上げず、ただ唇を噛み締めた。


無視すればいつか治まる。そう思って耐えていたのだ。



だが、今回はいつもと違い、同じく傍らにいる陽キャ集団の一員である山田が、さらに一歩踏み込んできた。



「どれどれ、ほんとにどんな匂いか確かめてやるよ」



そう言って俺の腕に無理やり掴んで持ち上げようとした。

嫌だ、こんなの。

なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ。


山田が俺の腕に触れようとしたその瞬間、頭の中で俺を呼ぶ天使の声が聞こえた。



「動かないで。そのまま右手を握りつぶしてみて!」


その声の主は、紛れもなくイチカだった。

「え....でも」俺は一瞬、イチカの声に反発した。



「でもじゃないわ。私は(勇者)を助けたいの。私を信じて、指示に従って欲しい」



イチカの指示に従うと、不思議な事にいつも結果が上手くいく現実がある。

だから、俺はイチカの指示に従う決心をした。

俺は言われた通りに、山田が掴んだその手を、思いっきり握りつぶした。

力を込めすぎたのか、山田の顔が一瞬で真っ赤になり、「イッて!」と叫びながら手を離した。

教室が静まり返り、皆の視線が山田に集中した。

いつもは俺が笑いものにされている中、今は山田の情けない姿を見てクラス中がクスクスと笑い始めたのだ。



なんて気分がいいのだろうか。イチカの指示は、まだ続いた。


「私が合図したら肘を後ろに思いっきりやってくれる?思いっきり力強くね」


突然の宣言に思わず俺は声が出た。

何故後ろに...?そう思っている暇もなかった。イチカは威勢のある声で言った。



「ほら、いまよ!」



俺は迷うことなく、イチカの掛け声と共に勢いよく肘を後ろに振りかざした。

さらに、山田のよろめいた時を狙い、さりげなく気づかれない程度に軽く左足を出し、躓かせた。



山田は、バランスを崩し、机にぶつかり教科書を床にぶちまけた。

その姿に教室中は笑い声で包まれたと同時に、山田の顔は未通女らしく真っ赤にし、「てめえ!」と叫んだが、既にクラス全体の空気は俺の味方をしていた。



「よくやったわ!」イチカは満足気に俺を褒めた。「これで少しは静かになるわね。」




どうしてだ?イチカは未来が見えているのだろうか、それとも予測したのだろうか。

真偽は分からない。

けど、なんだかスカッとした。

もっと痛めつけたいという気持ちすら湧いてきた。

俺は息を吐き、初めて教室の空気が少し軽くなった気がした。



山田は教科書を拾いながらなにかブツブツと文句のような言葉を言っていたが、今の俺にはその汚らしい声は届かない。

今の俺は最強に無敵状態だ。


俺は机に座り直し、静かに笑った。

嘲笑と言ってもいいだろう。

イチカの指示に従っただけで、こんな気分になれるなんて。




神が俺の味方をした!救世主女神を降臨させた!イチカは俺の空想の存在じゃない。俺の中で存在している。俺の懇願してた思いが神へ伝わった!!






その時、チャイムの音ともに全員が席についた。

そのまま授業がいつものように始まり、俺は教科書を机全体に広げた。





「今から会いましょイマジナリー世界で」



初めてイチカが授業中にも関わらず声をかけてきた。

しかし一瞬イマジナリーとはなんの事だと思ったが、俺は直ぐに理解した。

イマジナリー世界とは頭の中の世界のことを言っているのだろう。



(今はダメだよ、授業中だし、それにイマジナリー世界にいる間は俺の本体は眠っているんだろ?そんな目立つことは出来ないよ、それにあの呪文ここで言うのは....)




「小声で言えば聞こえないわよ。教科書を立ててれば寝ているのきっとバレないわ」



何故だろう。

イチカが言うことは全て正しい気がするしそれに従えば俺は正しい人生を生きられる気がする。


だから俺は、イチカの指示通りに小声であの恥ずかしい呪文を唱えた。





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