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頭の中でレディは殺された  作者: 華矢
二章 彼女の名前はイチカ
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愛の告白





両手を握りしめ、唇と唇が重なる寸前まで顔を寄せられた。


俺の心臓は今にも爆発寸前だった。



0時から朝の6時まで、時間は瞬く間にに過ぎていく。

イチカと話している間は本当に楽しくて、まるで夢を見ていると錯覚させられるような感覚だった。

でもこれは夢では無い。

イチカは確実に俺の頭の中で存在している。

彼女には実体があるのだ。

ちゃんと触れられるし、生きてる人間の温もりすら感じられる。



イチカは、俺の他愛のない話を真摯に聞いてくれた。

笑ったり、時折励ましてくれた。


嫌いなクラスメイトの話や、好きなゲームの事も。



───イチカの存在がこんなにも俺の心を満たしていた。



「(勇者)って真っ直ぐよね。それに、優しくて面白い。好きだなって実感するの。もっと(勇者)の事知りたいな」



イチカのその発言に俺は全身が熱くなっていることを実感する。



「急になんだよ!?そう言うの...やめろよ」



 照れ隠しに呟くも、イチカの言葉は嬉しくてたまらなかった。

 本当は俺も好き。そう伝えたいが、恋愛経験が絶無な俺は、素直な伝え方が分からなかった。

 イチカは、俺の気持ちなどお構い無しに腰に腕を回してきた。

 女の子というのはこんなにスキンシップが激しいものなのだろうか?それとも、俺だからこんなに...。


 しかし、俺には心やましい事が一つあった。



「なあ、そんなにくっついて大丈夫なのか?」


「え?」


「だから......その匂いとか」


一瞬静寂が訪れた。

俺の心臓はけったいな音を立て、恐怖と恥ずかしさが胸を強く締め付けた。

イチカは、どう答えるのか想像するだけで息が苦しくて仕方がない。





クラスメイトから投げつけられる複数の言葉を思い出す。

 教室に入るたびに、誰かのヒソヒソ声や鼻をすする音。



「くせえ」「近寄んな」───そんな言葉が俺の胸を詰まらせた。


でも、彼女の声はいつもと変わらない優しさで溢れていた。


「(勇者)の匂い?ふふ、貴方の匂いは優しくて、花のような香りがするよ。少なくとも、私はそう感じるわ」


イチカのその声音は冗談を言うように軽やかだった。


「そんなわけ、ないだろ。学校ではみんな笑いものにするんだ。みんな俺の事を避けて....」



「そんなの関係ないわ。貴方の心は真っ直ぐでこんなにも暖かいんだから、匂いなんてちっぽけなこと」



 そんな言葉を投げかけられたのは生まれて初めてだった。



 イチカが好きだ。イチカを愛している。好きで好きでたまらない。



「なあ、イチカ俺の事好き?」


「ええ、もちろん好きよ。世界で一番」


こんな気持ち初めてだ。

恋ってこんなにも、素敵な感情なのか。俺は生まれて初めて愛を実感した。



だが、楽しいひとときは一瞬にして終わりを告げたのだ。

朝6時ぴったりに、母の声はイマジナリーの中にも大きく響いた。


その声にどれだけ忌まわしく感じたことか、母は分からないだろう。



「(勇者)起きなさい!入学してまだ一ヶ月なのに遅刻する気?」



母の声が現実を一気に押し寄せ、俺の身体はおぞましさで硬直してしまう。

イチカとの時間はあまりにも俺にとって特別で、時間の流れを忘れさせてくれた。

なのに母の声で一気に現実へ引き込まれた。




「....まだイチカと話してたかった」





学校に行きたくない。

学校は、俺にとって逃げ場のない場所。

学校に行けば、イチカにあの事を知られてしまう。

この秘密が、イチカとの時間を汚してしまう気がしたのだ。


「時間だから行かなきゃだよ。私は(勇者)の事、心から応援しているわ。いざとなったら助けるし」


「....学校に行けば笑いものにされるんだ...。イチカだけにはそんな一面見せられない...」


「見たって何も変わらない。私は、(勇者)の事が愛しているんだから」


 イチカの声はいつものように落ち着いていた。


「(勇者)は(勇者)だわ。私には、貴方の笑顔や頑張っている姿が全部見えてる。それだけで十分」




「(勇者)いい加減起きなさい!」


 母の声が再び、こちらに響きドアがバタンッと開く音が聞こえた。

俺は渋々現実世界に意識を戻した。



「なんで直ぐに起きないのよ」



「ごめんなさい。今から支度します」



 制服に着替え、鏡の前で立ち止まった。

 そこには、10代の男の姿を映し出した。

疲れた目をして、人生に疲労している男。

それは紛れもなく俺の姿。


学校に行けば、またあの過酷な日々が待っている。それでも、イチカの声が頭の中に残っている。



「(勇者)なら大丈夫。私が何とかするもの」




 俺は深呼吸し、鞄を手に取った。

イチカにこの秘密が知られてもイチカは必ず傍に居てくれる。

彼女はずっと、俺の頭に存在し続ける。

その気持ちは俺を勇気づけた。

だが、学校への一歩を踏み出す足は、依然として重たかった。

桜の香りが、どこか遠くで香る。

イチカの求める大好きな香り。こんな匂い俺からはしない。


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