悪役令嬢がわからない
「ねぇ、貴族の社会に入ることになった庶民を、高位の貴族令嬢が虐める話……悪役令嬢ものっていうロマンス小説が巷では流行っているらしいじゃない」
穏やかな日曜日の午後、一緒に街へ出かけていた親友が突然そんなことを言い出した。
「まあ、流行ってるけど。でも、逆境に耐える主人公って昔から人気だよ」
昔から思考の飛び方が突拍子もない親友を変に刺激しないように一般論を話す。お貴族様を悪者にしてるだけあって大っぴらには言えないけど、確かに最近、悪役令嬢ものは流行っている。私たち庶民の中で。
「私って、その悪役令嬢じゃなくて?」
オベール侯爵家の一人娘、レティシア・オベールは、綺麗に巻かれた金髪をバッサーと振り払いながらそう言った。今は目立たないようにすっぴんだけど、これが普段の濃くてキツイメイクをしていたらどれだけ絵になっただろう。
私は、ああ、また始まった……と思った。
「最近、庶民育ちの子が転入してきたって話したでしょう」
「ああ、あの伯爵の隠し子が……ってやつ?」
「それよ」
半年くらい前、レティの通う貴族の学園に時期外れの転入生が来たらしい。なんでも伯爵家の隠し子で、突然貴族になったんだとか。
「ほんと大変だったのだけど」
「お疲れー」
その上に美少女だし優しいしで、学園内は大いに荒れ、侯爵令嬢こと社交界のボス、レティは大変そうだった。遊びの約束をドタキャンして、お茶会ことヘイト管理会を開かなきゃいけないくらいには。
「んで、その人がどうしたの?」
忙しすぎておハゲになるかと思ったわ、伯爵もはた迷惑な、なんて後で散々愚痴っていた。
「彼女、編入テストで満点を取って生徒会に入ったのよ」
「レティが馬鹿すぎて入れなかったやつね」
「国一番の学者でも匙を投げたのだから、逆に天才だと言ってちょうだい」
レティはこの国で一番数学、いや算数ができない。何をどうトチ狂うのかわからないけど、二桁以上の計算になると頭がパーになる。まあ他にもいろいろアホの子だ。これで自己肯定感が高く、無駄にいい子なんだからほんとタチが悪い。おかげで生徒会に入れずとも派閥の人間はレティに心酔している。
「彼女って、殿下と距離が近いのよね」
おまけに、レティは生まれた時から王太子殿下の婚約者である。そして、殿下は生徒会に入っている。
キツイ顔、馬鹿、権力者。転入生に嫉妬する要素は十分。物語性がある。
実際、転入生の目に余る行動をレティが何度か叱ったという話は聞いた。転入生に惚れてる男子学生がそれをかばったって話も。
「……やっぱり私って悪役令嬢じゃない?」
「まあ、側から見たらそうかも」
レティをよく知ってる人が聞いたらありえないって言うと思うけど。なんなら私は王太子殿下がそんなお馬鹿でかわいいレティのことが大好きなのも知ってるし。趣味が合いすぎて、レティの秘蔵話を交換するためだけに手紙のやりとりをしているくらいには。
「でも、わからないのよ」
「何が」
「悪役令嬢って、一体なんなの?」
おっと、こう来たか。
「私は庶民は異性との距離が近いことくらい、わかっているわ」
「レティってば、昔私が近所の男の子と遊んでたら凄いショック受けて破廉恥とか騒いでたもんね」
「人の黒歴史を掘り起こさないでちょうだい」
輪回し……樽のわっかを転がして遊んでた時にたまたまレティが訪ねてきたことがあった。あの時もまぁぶっ飛んだ思考をしたからいなすのが大変だった。最近では私と彼氏がキスをしただけで子供ができるとか喚いていた。彼氏を訴えるだの、出産のために病院を手配してあげるだの……。おかげで殿下と侯爵家に手紙を書くことになった。殿下は悶えて、レティのお母さんは頭を抱えた。
「もちろん、傍観するわけにはいかないから、伯爵家に手紙を書いたわよ。マナーの教師をつけるようにと」
この間私がまったく同じことをしたのは言わないでおこう。うん、レティも正しい判断をしたようで何より。
「毎回レティが指摘するより効率的だもんね」
「……そもそも、そんな暇ありませんわ」
「補講に参加するのに忙しくて?」
「おだまらっしゃい!」
普通に考えてそうだよね。レティがそんな特別扱いしたら、取り巻きの子が嫉妬心で死んじゃう。あと殿下が寂しくなって泣いちゃう。
「他の方に関わる時に立場上指摘はすれど、私が怒ることではないの。私だって、銅貨で買えるものを、金貨で買ってしまったらお釣りで大変なことになるってやってしまってから学んだのだから」
「屋台で小切手が使えないこともね」
金貨を見て腰を抜かした店員、お釣りが用意できなくて命乞いをし始めた店主、どうにか銀貨で買ったはいいものの、大量のお釣りが持てなくて悔し泣きしたレティ。今思い返してもカオス。
だから実際レティも人のことを言えない。貴族ゆえの無知を散々やらかしている。……今もなお。
「結局、こういうことなのよね。自分で学んでいくしかないのよ」
「そうねぇ」
とはいえ、今日は起こらないといいなっ!
「でもこれって、庶民の大親友がいれば、わかることじゃない」
「レティ、普通の侯爵令嬢は庶民と大親友にならないんだよ」
私たちの出会いは特殊だ。
家出した小さいレティが三キロ離れたうちの村で行き倒れになったのを、たまたま私が見つけて、水をぶっかけたところから始まった、大貴族と庶民の友情。レティがぶっ飛んでなくて、幼いレティのわがままはなんでも聞いちゃうご両親がいなきゃ成り立たなかった関係。
「一般的な悪役令嬢は運が悪いってことかしら。いいえ、私の運が良すぎるのだわ」
「私、レティの謎のポジティブ大好きだヨ」
レティはダブルデートの日が嵐でも「私の偉大さに天気が恐れおののいているのね!」といい、晴れだと「私って天の神に愛されているのだわ」と宣う。
「……でも、じゃあ悪役令嬢と主人公は、お互いに仕方がないのではなくて?」
「あのねぇ、貴族の常識がわからないから、庶民の間で流行ってるんでしょ。共感できなきゃ面白くないよ」
娯楽小説の出版なんて、結局商売なんだから。客層に合ったものを提供しているだけに過ぎない。そこに外野が口を挟む必要はないのだ。
「実際に起こってしまったら……住む世界が違ったってことかしら」
「そういうことじゃない?」
適当に返しつつ、メモ通りに道を曲がると、今日のお目当て、スイーツショップの看板が見えた。
「あ、ほら、あのお店じゃない?」
「たわいもない話はやめて、早く入りましょう! もちろん今日も私の奢りよ!」
「レティが話し始めたんじゃん……あと、悪いから自分で払うよ」
まったく、この大親友と来たら……。悪役令嬢とは程遠い……。
そりゃ、わかんなくてもしょうがないでしょ。
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