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【恋愛 現実世界】

偽物と本物

作者: 小雨川蛙

 

 回顧すれば実に惨めであったと思う。

 思春期特有のある種の万能感。

 そんな想いを言葉に発していたあの頃は。

「人を殺してみたい」

 そう嘯いていた。

 本気で思っていた。

 少なくとも、自分ではそれが本心であったと思った。

 だからこそ、人の殺し方を学んだ。

 いつか、本当に使ってやると心に決めて。


 そんなある日。

 君に出会った。

 君は言った。

「人に殺されて見たい」

 そう嘯いていた。

 少なくとも、僕にはそう見えた。

 僕らはすぐに共に過ごすようになった。

 共に、他とは違う思考を持っていたから。


 だけど、殺したい僕と殺されたい君。

 だからこそ、その時は来た。

 君は人を殺したいと言った僕に願った。

「殺してみてよ。私を」

 その言葉に僕の心は喜びに満たされた。


 いつか、本当に使ってやると心に決めた事を。

 その決意を。

 僕は君に使った。

 けれど、君を殺すことは叶わなかった。

「生きてるよ」

 君の言葉に僕は苦悩した。

 殺せないことに苦悩したのではない。

 僕自身が『偽物』であることに気が付いたからだ。


 僕の本心であったはずの想いは。

 ただの思春期に誰もが持つ、空想や妄想、あるいはただの背伸びした結果でしかなかったのだ。

 僕はナイフ代わりの包丁を持つことも怖かった。

 君の首筋に線を刻むことさえも出来なかった。

 僕の指は別の生物のように震えた。

 君を苦しめることは出来ても、君の望みを叶えることは出来なかった。


 僕はきっと待っていたんだと思う。

 君が「死にたくない」って言うのを。

「死にたくない」って言ってくれるのを。

 だけど、君が言ってくれたのはたった一言だけ。

「生きてるよ」


 君よりも青い顔をしていただろう僕を見て。

 君は僕を見限った。

「殺されたかったなぁ。人に」

 そう言って。

 君はふらふらと歩いていき。

 そのまま僕の前から消えた。

 その翌日、君が学校の上から飛び降りて命を絶ったことを僕は知った。



 回顧すれば惨めであったと思う。

 今年も君の墓に線香をあげながら、ぽつりと呟く。

「ごめん」

 その真意を知るのは僕と君だけだ。

「あなたにそんなに愛されていたのに」

 僕の隣に居た君の両親は今年も飽きずに涙を流す。

「死んじゃうなんて。本当に馬鹿な娘だよ」

 僕と君が恋人のような存在だと周りから見られていたと知ったのは君が死んだ後だ。

 思えば当然かもしれない。

 僕らは思春期というごく短い間とは言え、ずっと一緒に居たのだから。

 君の両親が今年も同じ言葉を僕に言う。

「お願いだから。あなたはもう自分の人生を生きて。きっと、娘もそれを望んでいるから」

 だから、僕は今年も同じ言葉を返す。

「来年も、また来ます」


 回顧すれば惨めであったと思う。

 君は本気で人間に殺されたいと思っていた。

 だから、殺してもらいたくて僕に近づいたのに。

 僕の想いは偽物で、結局何も出来ないただの普通の人間だった。

 君の想いは本物で、異常で、特別で、理解不能で……普通とは違う人間だった。


 僕は普通の人と同じように言いたかった。

『あの頃は恥ずかしかったよ。人を殺したいとか言ってみてさ』

 友達と一緒に話し合いたかった。

『誰にでもそんな時期はあるよな』

 事実、僕は友達とそんな会話をしている時もある。

 だけど、僕という偽物は君という本物を見てしまった。


 未来を想起し尚も思う。

 僕の心は永遠に惨めである、と。

 君の死を止められなかった後悔がないわけではない。

 ただ、それ以上に。

 僕はきっと、君という『異常』に永久に心を奪われたままだろうと思う。


 僕はきっと。

 いや、確実に。

 君という本物を忘我することは出来ないまま、偽物であることを苦悩しながら生きていくのだろう。



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