第三話 出会い
まだまだ寒い日が続くが、雪は溶けてきた。冬の朝日が眩しい。孤児院では自分達のことは自分でやることが決まりだ。私達は得意な人が毎日同じ仕事をする。私は主に家事を担当している。みんなより少し早く起きてシスターと朝ごはんの支度をする。これは私が十年前に戻る前もそうだった。朝起きることはそんなに苦ではなかったし、シスターと二人だけの時間を過ごす早朝の時間が好きだった。
「今日は何を作るのですか?」
「今日は豆のスープです。」
「はーい。」
「そういえばシスター今日新しい子が来るって聞いたけど」
「うん。今日遊びに来るだけでね。ここに入りはしないんだけど。」
「へー。珍しいですね。」
「人見知りが激しい子らしくてね。ご両親が心配して友達が出来るようにと遊びに来るみたい。」
「男の子ですか?女の子ですか?」
「男の子だよ。」
「何歳ですか?」
「九歳。」
「なんだーもっと幼児だと思ったのに〜」
「お兄さんだと遊びにくい?」
「年下の方がお姉さんとして接することが出来るじゃないですか。初めて会う子にお兄さんだとやっぱりちょっと話しかけづらいですね。」
「そっか。まぁお試しで遊びに来るだけだから仲良く出来たらいいなぁぐらいで思ってくれたらいいよ。」
「はーい。」
十年前にも同じことがあったのかな?全然覚えてないや。雑談をしながら朝食を作る。
「ルナは六歳なのに本当に料理が上手ね。いい奥さんになれるよ。」
その言葉に体が硬直する。そういえばこの時は普通に恋愛をして、結婚してお母さんになることが夢だった気がする。でも…今はそんな気には到底なれない。シスター。私いい奥さんになれなかったんだ。愛人として飼われてたんだよ。家庭に夢を持てない。自由に一人で過ごしたい。
「そうかな。良い奥さんは失敗しそう。」
「どうして?素敵の人と出会って家庭を築けるようになるよ。きっと。」
「私さ。男運ないみたい。」
「占い師にでも言われたの?」
「まぁね。」
「女の子は占い好きだからね〜。」
そんな雑談をしている間に朝食が出来上がり、孤児院のみんなも起きてきた。
「天におられる私達の父よ。
皆が聖とされますように。
みくにが来ますように。
御心が天に行われる通り、地にも行われますように。
私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい。
私達の罪をお許し下さい私達も人を許します。
私達を誘惑に陥らせ得ず悪からお救い下さい。
アーメン」
朝食前に祈りを捧げて、パンプキンと話ながら朝食を食べる。
「今日来る子九歳の男の子らしいよ。」
「えー!!もっと子供だと思ってたのに!」
「だよね〜」
「じゃあ一緒に遊びたかったなぁ。」
「え?今日居ないの?」
「うん。今日はトマトと俺は職業体験に行くんだ。」
「えー!」
「夕方には帰ってくるからパンは夕方まで待ってくれよな。勝手に焼いて食べるんじゃねーぞ。」
「流石にそんな非人道的なことしないよ。」
そっか…今日パンプキンもトマトも居ないんだ。孤児院には九歳はこの二人だけで、八歳はアキラとアミがいるけど、この二人も内向的な性格してるからなぁ…九歳の男の子と遊べる人居ないんじゃない?
「なんかその子人見知りが激しいから友達と仲良くなる練習をしに来るらしいよ。」
「へー。じゃあ貴族の子なんだろうな。」
「そうだね。」
「貴族のお子様も社交性がないと社会では生きていくのは大変なのかね。」
……そうだね。周りの人間と上手くやることはきっと貴族社会の基本中の基本だ。社交で嫌われるとろくなことにならない。私は二度と関わりたくないけど。
「私にはわかんないや。」
「違いねぇ笑」
朝食を食べ終わったあと、みんなで皿洗いをする。その後は女子組と男子組に別れて行動をする。男子組は将来の為に図書館で勉強をしたり、筋トレをしたりする。女子組は洗濯か、赤ちゃんの子守組に別れる。私は洗濯組で、パプリカは子守組だ。パジャマを脱いで服を着替えると毎朝洗濯をする。今の時期はめちゃくちゃ寒い。真水のまま洗濯物を洗うから手が凍りそうになる。家事を担当するようになるのは五歳か六歳以上。八歳のアミと五歳のスーザン。そして私が洗濯組だ。アミとスーザンが話している。
「冬ってこんなに洗濯物が多いのに洗濯するの地獄すぎるよね。」
「貴族の家ではお湯を使って洗濯するらしいよ。」
「えー!!すごーい!!」
「貴族の家の使用人になりたいねー。」
「そういえば知ってる?今日九歳の男の子が遊びに来るんだだって。」
私が話に割って入る。
「しらなーい。初めて聞いた。」
「ふーん。イケメンだといいね笑。」
アミは内向的だけど、仲良くなるとこういう冗談をよく言う面白い女の子だ。
「イケメンってなにー?」
「顔がいい男のことだよ。」
「かっこいい人ってこと?」
「そう。」
「スーザンかっこいい男の人好きー。」
「女はみんな顔がかっこいい男が好きなのよ。」
「そうなの!?」
いや、そんなことはない…。アミはなんてことをスーザンに教えてるんや…
「クラウド様超かっこよかったなぁ…また会いたいけどもう雲の上の存在になっちゃった…。」
「クラウド様ってだれー?」
「えー?忘れちゃったの??一年前にここの孤児院にいた超かっこいいお兄ちゃんだよ!」
「あぁ!!なんでもできるお兄ちゃんか!ピアノ弾いて歌ってくれたの覚えてるよー!凄いかっこよかったー!!」
「クラウド様またお会いしたい…」
私が
「王家で雇って貰えばまた会えるよ。」
と言うと
「王家に雇って貰うなんて夢のまた夢だよー。」
とアミが言う。
「そんなことないよ。アミはなんでもすぐに器用に出来るし、受けるだけ受けたらいいじゃん。受かったらラッキーぐらいで。夢見てみようよ。」
「そうだよね。孤児院出身でもクラウド様は受かったんだもん。本当に凄いことだけと私もやるだけ頑張ってみようかなー。」
「そうそう!お湯じゃくても私洗濯出来ます!ってアピールすれば?」
「お湯で洗濯したいのに何のために貴族の使用人になるのよ笑」
「スーザンはお姫様になりたーい。」
「だめだめ。綺麗なドレスは由緒ある血統の貴族にしか着れないんだから。」
「えーー!!なんでーーー??」
「生まれた場所で決まってるの。」
「えー貴族の家に生まれたかったー。」
「私もー。」
「ドレス着て美味しいご飯食べて最高の暮らしが出来るもんね。」
「お城に忍び込んでここの子供です!って言ったら?」
「バカ。そんなことしたら殺されるから絶対にしちゃダメよ。」
「え!?殺されるの!!」
「そうよ!詐欺とかで殺されるんだから!」
流石に殺されはしない…まぁ八歳の五歳の会話なんてこんなもんだよね…笑
「私はドレスもいい暮らしも要らないからたくさん稼いで自由に生きたいなぁ。」
「え?ルナはお嫁さんになるのーって言ってたじゃん。」
「お嫁さんは辞めた。」
「なんで?」
「男運が悪いから。」
「いい男捕まえたらいいじゃん。」
「その前に悪い男に捕まったんだよ。私は孤児院出身だから逆らうことも出来なくてね。地獄のような毎日だったよ。」
「それいつの話?そんなことあったの?孤児院から出たことないじゃん。」
「今朝の夢の話だから。」
「ルナは可愛いから悪い男に騙されるなってみんなから言われてるからそんな夢見たんじゃない?」
「とても恐ろしい夢だったよ。」
「でも夢でよかったじゃん。これからは悪い男には捕まらないようにすればいいんでしょ?」
「……そうだね。夢でよかった。」
本当は一回目の人生の話だけど。夢ならよかったのに。今は思い出したくない。考えたくない。もうなかったことになったんだから。あの人は今私の存在さえ知らない状態のはず。今度は見つからないように。失敗しないようにすればいいだけ。……私も記憶が消えてもう一度やり直せたらよかったのかな。いや…記憶がなかったらまた同じことを繰り返すだけだろう。辛い記憶だけど、この記憶があるから私は二回目をやり直せるんだ。まだやりたいこととか目標があるわけではないけど。同じ人生を歩みたくない。今はただそれだけ。孤児院の仲間と一緒に過ごせる毎日がとても楽しい。今はこの幸せを浸っていたい。
雑談しながらその後も洗濯をして、終わると礼拝堂に孤児院の子供達は呼び出された。そこには噂の九歳の男の子がいた。そしてシスターが孤児院の子供達へ紹介する。
「今日、一人の男の子が孤児院に遊びに来てくれました。同い年ぐらいの子供と遊んだことがないので、緊張していると思いますが、皆さん仲良くしてあげて下さい。自己紹介出来ますか。」
「…アーマーです。」
「アーマー君です。皆さん今日は一日よろしくお願いします。」
ぱちぱちぱちぱちと小さな拍手が礼拝堂に響く。アーマー君は顔を俯かせてこちらを見ようとしない。でも身なりは私達とは全然違っていかにも裕福な服を着ていた。孤児院のみんなも身なりでなんとなく察していると思う。貴族が遊びに来たんだって。アーマーってたぶんグリード・アーマー。この国の王子様だ。一回目もこの孤児院に遊びに来てたのかな?全く記憶にないけど。雲の上のような存在のはずなのにこんな寂れた孤児院に来てたんだ。偉い人達が考えることはよくわからないな。アーマー様は戦争の英雄であり、完璧で好青年な王子様だったけど、子供時代は意外とこんな感じだったんだ。
「では…また夕方に様子を見に来ますね。」
そう言ってシスターは去ってしまった。
王子様そんな長時間ほっとくとかシスターまじかよ。アーマーはシスターが去ってから礼拝堂の椅子に座って黙ってしまった。
その様子は誰も近づくなという圧を感じられる程恐い雰囲気を纏っていた。孤児院の子供達はそんなアーマーに寄り付くことは怖くて出来なかった。
「ねぇ。」
私は声を掛けた。戦争の英雄と言われたアーマー様は今はただの人見知りの子供だ。興味本位で話がしてみたかった。
「うっせえよ。話しかけんじゃねぇ。空気読めないガキだな。お前らと仲良くするつもりなんかねぇんだよ。」
おぉ…予想以上に口が悪くてびっくりした。
「フフフッ」
でも私は十六歳のお姉さんですから、子供がイキっている反抗しているようにしか見えなくて笑ってしまった。
「何笑ってんだよ。気持ち悪りぃ。」
「ごめんごめん。でもここには遊びに来たんでしょ?一緒に遊ぼうよ。」
「大人に勝手に連れてこられただけだ。ここでお前らと遊べなんて言われてない。」
「じゃあなんでここに連れてこられたの?」
「………。」
ここで黙るってことは連れてこられた意図を理解してるってことだよね。人見知りを治して社交的になることが目的ってことが。
「ねぇ。ここで夕方まで座ってるなんてつまんないよ。せっかく来たんだから遊ぼうよ。」
「お前らと遊ぶ方がつまらねぇよ。」
「座ってるよりは絶対楽しいよ!!」
「この世に絶対はないんだよ。勉強になったか?ガキ。」
なかなか深いことを言う九歳だな。いつも勉強しているから考え方も大人になるのか。でも拗ねて座る姿は子供そのものだな。
「じゃあ私達と遊ぶ可能性も絶対ないわけじゃないってこと!ね!遊ぼう!!」
「うるせぇ!俺は毎日何やってもつまんねぇんだよ!家では勉強や剣術を叩き込まれるだけの生活をしてんだよ!毎日毎日決められたことをやるだけの毎日くそつまらねぇんだよ!!」
「じゃあ今日一日だけ、私が貴方を人生で一番自由な日にしてあげる。」
にっこり微笑んで答えた。親近感が湧いた。毎日つまらない生活。自由のない生活が嫌いなのは私と同じだったからだ。この先アーマー王子は王族に生まれた運命は逃れなれない。自由な暮らしは不可能だろう。だから…今日だけでも自由に生きて欲しい。アーマーに手を差しだす。アーマーの目には少し涙が出ていた。十秒程迷った後、アーマーは震えながらも手を繋いでくれた。私はその手をグイッと引っ張り
「今日私達は世界一自由だ!!」
そう叫び私はアーマーの手をしっかり握って走り出した。
一回目の人生も、二回目の人生も感じたことがない解放感があった。この世界がこんなにもキラキラと輝いて見えたのは初めてだった。好きなことをして生きるって自由に生きるってなんて素晴らしいことなんだろう。私に手を引かれてる彼も満面の笑顔で走り出していた。彼とは初めて会ったのに、彼がこんなに笑ったのは初めてなんじゃないかなってなんとなく思った。
彼も私と同じように今だけはこの世界が輝いて見えているだろうか。今日は私達にとって特別な一日になるだろう。期待に胸を躍らせて私達は孤児院の外に出て行った。




